エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 菜摘たちは跡取りを設けることを条件に結婚している。だからそれができないとなると、結婚を継続する理由がなくなってしまう。

「うん、ありがとう」

 しかしそれを伝えることはできない。できる限りの笑顔をうかべてふたりを安心させた。

 この日仕事を休んでいた菜摘は、そのまま加美の両親に先日とった写真を見せる約束をしていた。

「送っていこうか?」

 菜摘がショックを受けているのを知って、それでもなお義実家に顔を出すという彼女を心配して賢哉が顔を覗き込む。

「ううん、平気。それよりも、モモちゃん早く家でゆっくりさせてあげて」

「……わかったよ。菜摘も気を付けて」

 賢哉は付き合いの長い菜摘のことをよく理解している。今はひとりになりたいという彼女の気持ちを察してくれたのだ。

 ふたりと別れて駅までタクシーを拾う。行先を告げたあと菜摘はタクシーの窓から今にも雨が降り出してしまいそうなどんよりとした空を眺めた。

(もし、私が言わなければこのまま夫婦でいられる?)

 一瞬そんな考えが頭をよぎる。しかしそんな自分勝手が許されないことだということも同時にわかっていた。

 清貴は跡取りとしてのプレッシャーに耐えながら、それでも加美電機のために毎日奔走している。

 それは単にその地位が欲しいだけではない。自分ならば祖父が作り父が守った加美電機を発展させる自信があるからだ。そしてその自信を持つために彼はなみなみならぬ努力を重ねてきた。

 学生のときからどれだけ加美電機と向き合ってきたのか、菜摘は知っている。

 だからこそこんな、愛のない結婚さえも受け入れたのだ。

(それなのに……子供ができないなんて)

 彼が父親の後を継ぐには、実子がいることが条件だ。しかし菜摘ではそれが果たせないとわかった以上、早めに彼の元から去らなくてはいけない。

 頭ではわかっているけれど簡単に決心できそうにない。それだけ結婚してからの数か月間は菜摘にとって幸せだったということだ。

 条件があって夫婦になったとしても、菜摘にとっては好きな人とすごせた大切な時間、それを失うつらさにたえられない。

 自分の弱さと卑怯さに呆れていると、タクシーが加美家に到着した。

 暗い顔をしていると何かあったのかと心配させると思い、タクシーから降りるときに必死になって気持ちを切り替えた。
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