23時のシンデレラ〜ベッドの上で初めての魔法をかけられて〜
「……うるせぇよ!」
(え?……颯?……)
一瞬で、体がビクンと反応した。僅かに開いているバルコニーへ続く窓から、颯の怒鳴り声が聞こえてくる。
「……アンタに言われたくない」
こんな、冷たい声色の颯は、初めてかもしれない。こんな夜更けに相手は誰だろう……。実花子が頭をよぎったが、颯の口調から、実花子じゃなさそうで、ほんの少しだけ安堵する。
「俺は、本当に好きな女と結婚する」
通話が終わったのか、深いため息と共に、バルコニーから、入ってきた颯が、私を見て、気まずそうに視線を逸らすと、そのまま、シャワールームへと歩いていく。
「颯」
私は、何て言葉をかけていいのかも分からないまま、思わず声を掛けていた。
「あ……ごめんな。びっくりしたよな。美弥は何も心配しなくていいから。シャワー浴びてくる、先寝てていいからな」
颯は、そう言うと、シャワールームへと続く洗面所の扉を閉めた。
ーーーー本当に好きな女と結婚する。
あの言葉は、颯は、お試し婚約者の私との結婚を真剣に考えてくれていると思っていいんだろうか。
颯の、本当に好きな女というのは、私だと思って構わないのだろうか。
自惚れてしまう。颯の瞳と掌と唇が、少しずつ、私のことを創り変えてしまう。
もう颯だけを見つめて、後戻りなんてできそうもない私は、ペンギンのぬいぐるみを抱えたまま、暫く動けなかった。
あっという間に、私の心の中に根づいてしまった恋と、その恋の味を、もう知ってしまったから。