green mist      ~あなただから~

引きずる恋は……

『もっともっと、大きくなぁれー』
『綺麗な緑になぁれー』
『新しい芽よ、出ておいでー』

 もちろん声には出さないが、願いをこめて!

 シュッ、シュッ、シュシュ

振り回しているのは、魔法の杖ではなく、ただの霧吹きのボトル。

 
ボトルを握り、霧上の水をガジュマル全体にかけると、ペーパーで葉を一枚一枚丁寧に拭く。特に葉の裏側には、虫の卵が付いている事が多い。

 拭いた後のペーパーを見ると、薄っすらと茶色の跡が残っているが、持ち帰って消毒するほどでもなさそうだ。冷房で乾燥した木や葉に湿気を与えると、少し植物達が生き生きしてきたような気がする。


「三十七番でお待ちのお客様」

 窓口の綺麗な女性の声に、自分の番号札を確認する。顔を上げると、窓口の女性と目が合い、ニコリと微笑まれた。私もペコリと笑顔を向けて立ち上がった。


 たまり銀行には、ほぼ毎週月曜に観葉植物の手入れに来ている。

「お待たせしました。あのガジェマロ少し葉っぱが茶色くなっていたけど、大丈夫かしら?」

 窓口の女性が少し心配そうに言った。

「ええ。少し虫が付いてしまったようですけど、今、除去出来たので様子を見てみます」


 カウンターの上に置かれた通帳やら書類を纏めて鞄に入れた。

ネットバンキングになって、だいぶ銀行の窓口に来る事は減ったらしいが、それでも、書類での確認が必要な事があるのだと経理の人が言っていた。


「水野さんに植物の事はお任せできるので、安心して仕事に集中できます」

「こちらでは環境の良い場所に置かせて頂けているので、病気にもなりにくいですし有難いです」

 ニコリと笑って頭を下げた。


 水野香音(みずのかのん)二十二歳。植物レンタル会社『グリーンミスト』に努めて三年になる。このたまり銀行の観葉植物の管理に来た時に、経理のお使いも頼まれる。窓口の人達とも、顔見知りになり、業務に支障のない範囲で言葉を交わすようになった。


 顔を上げると、窓口の奥に立つ男性と一瞬目があった。細身で背が高くて、シルバーの縁の眼鏡の奥の柔らかい表情が印象的だった。
カウンターの奥にいるって事は、銀行の職員なのだろうか?

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