green mist      ~あなただから~
 宮野と事務所の一階にあるカフェに入った。なるべく近くで済ませたい。

「なんだか、バカらしくなってきたわ」

 席に座るなり、宮野がぼやいた。

「誘っておいて、そりゃないだろ」

 せっかくの香音との時間をさいて来ているのに、その言いぐさに呆れた。


「もっと、おどおどして逃げ出すと思ったのに、あんなに堂々と笑顔を向けられたら、こっちが惨めに見えるじゃない」

「なんだそりゃ……」


「しかも、あなたを上手く操っちゃって。今から尻に敷かれて、いい気味だわ」

「なんとでも言え。それより、用事があったんじゃないのか?」

「ふん。仲良さそうに歩いていたから、声かけたくなっただけよ」

 宮野はテーブルの上のコーヒーカップに、ミルクと砂糖をたっぷり入れた。本当は別に聞きたい事があるのだろう。


「心配するな。宮野社長からの依頼の件は、だいぶ方向が見えてきた。悪いようにはならないさ」

「そう、それを聞いて安心したわ。私が弁護をしたかったけど、身内の弁護はね…… 冷静になれそうにないもの…… あなたに頼みたかったのよ」

「ああ。お前に頼まれなくても、俺はやったよ。社長の頼みならなおさらだ」


「そうよね……  でも、父の事を抜きにしても、あなたとは、上手くやっていけると思っていたのよ。弁護士としてじゃなくて、別の形でもね……」


 宮野は、少し切なそうに俺を見た。

「それは…… 無いだろな。弁護士同士だから、すれ違う事もあるさ。大事なのは、相手が誰かって事だからな……」

「はっきり言うのね。なんだか、羨ましいわ。そんな風に言える人と出会えて……」

「お前にも、おまえだから、一緒に居たいって思う奴や現れると思うよ」


「全く、いい加減な事言って…… というか、あなたの口からそんな言葉が出るなんてね。一緒にいたいなんて、そんな感情を持たない人間かと思っていたから、上手く行くと思ったんだど。でも、ありがとう……」
 
 口に運んだブラックコーヒーが、今日はやけに美味しく感じた。

 これも、香音と出会えたから、感じる事の出来る味なのだろう……
 早く、香音のところへ行こう。




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