green mist      ~あなただから~
彼は、そのまま店を出て行ってしまったので、手を振る男の人が気になったが、慌てて後を追いかけた。

「タクシー拾いますね」

「いえいえ、電車で帰れるので大丈夫です」

「結構、酔ってらっしゃいますよ」

「そんな事は……」

 確かに飲んだ。でも、自力で帰れない程じゃない。

「酔って歩いている事を自覚されていますか?もう少し危機感を持ってください」

 ちょっとだけ声が低いような気がする。怒っているのかな?
 彼は、手を挙げてタクシーを止めた。


 彼の家がどこか知らないが、一緒にタクシーに乗り込んだ。

「あの…… どうして、あのお店にいらしたのですか?」

ちょっとだけ、彼の肩がヒクッと上がった気がした。でも、ずっと気になっていた事だ。

「たまたまです」

「そうですか……」

 なんか、いつもと違って話にくい。やっぱり、怒っているのかな?

 しばらく、重い空気が流れた…… 


「あの男性は、大学生のようですね。弁護士志望だそうですが、こんなことを言ってはなんですけど、とてもそうは思えません。弁護士や医者などを志望だと言うと女性の警戒が解けるそうです。あまり、人の言う事を信じないように」

 彼が口を開いたと思ったら、そんな内容だった。

「は、はい。あの…… なぜぞれを?」

「たまたま、耳に入ってきただけです」

「若いので、外で飲むなとは言いませんが、飲む相手は選んだ方がいいですよ」

 そんな事は言われなくてもわかっている。

「なんか、今日は偉く保護者みたいな事を言うんですね」

 お酒が入っているせいか、言葉を選ばすに口から出てきた。


「僕は、一般的な事を言っているだけです」

「そうですか? 私が、二十二だと知って、子供だと思ってお説教しているんでしょ? その通り、常識もわからない子供ですから」

 これじゃあ本当に、怒られて不貞腐れている子供と同じだ。


「それなら、あなたはどうですか? 僕が三十四だと知って、おじさんだと思って逃げたでしょ?」

「はい? 私がいつ逃げたんですか?」

 全く持って、彼の言っている意味がわからない。

「先週です。まあ、あなたから見れば、十分おじさんです。逃げても仕方ありませんけど」

「……」
「……」


 無言の私達を乗せたまま、タクシーは走り続けた。
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