green mist      ~あなただから~
 レストランの入り口に目を向けると、不安そうに立ち尽くす香音の姿があった。

 俺と目が合うと、逃げるように走り去ってしまった。

 何だよ!

 慌てて彼女を追いかけた。

「香音! どうして逃げるんだ?」

 逃げようとする、彼女の腕を掴んだ。


「どうして? 逃げるしかないじゃない。お見合いだったんでしょ」

「母が勝手にやっただけだ。知らずに来たんだ」


 見合いなんてするわけないだろ。だけど、彼女の目から零れ落ちる涙に、とんでもなく、彼女を傷つけてしまったのだと気づいた。

 こんな風に泣く姿なんて見た事もない。

 どうすればいい?


「時川君ここに居たの。パパ達も来たわ」

 宮野の声がしたが、そんな事はどうでも良かった。香音との話を優先したかったが、彼女は、車に向かって走りだしてしまった。


「香音!」

 呼び止めた俺の声に足を止める事もなく、彼女は車に乗り込んでしまった。


「時川君。今は、彼女を追いかけても言い訳にしかならないよ。本当に、彼女を守りたいのなら、仕事で認めるしかないと思う」

 「仕事で認めろ、だと。そんな事、ずっとやってきている。誰かに認めてもらう為に、彼女と居るわけじゃないし、こんな事で、香音を傷つけたくない」


「時川君、ここにいたのか?」

「宮野社長……」

「久ぶりだな。何かあったのか?」

 宮野と俺の険しい顔に、社長も眉をひそめた。


「いえ、社長こそ、こんな場所に来るなんて、珍しいですね」

「ああ、裏口から入る事で見える事もあるもんだ」


 このホテルは宮野グループの経営するものであり、どんなに会社が大きくなっても、現場を自分で見る社長の姿は相変わらずだ。そんな社長の姿を俺は尊敬しているし、社長としだけでなく男としても凄い人だと思っている。だからこそ、宮野グループを守りたいと心の底から思った。

「社長。詳しい話を聞かせて下さい」

 今は、仕事に気持ちを切り替えるべきであると、ネクタイを締め直した。
 
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