green mist      ~あなただから~
『もしもし……』

『水野ちゃん?』

 緊張してスマホを耳に当てたが、期待していた彼の声では無かった。


『はい』

『悪いんだけど、ちょっと来てくれない。俺の手には負えないんだよね』

 困ったような声の主は、矢沢さんだった。


 矢沢さんに指示された、真央さんのマンションからも近いBARに向かって走った。

「こっち、こっち」

 BARの入口のドアを開けると、奥の席から矢沢さんが私に向かって手招きをしてくれた。


「真央さん!」

 矢沢さんの座る椅子の裏で、膝を抱えて座っているのは間違いなく真央さんだ。

「ほら、真央。水野ちゃん来たぞ」

「嘘つくな。香音が来るわけないだろ? 香音は…… うっ……」

 真央さんが、膝を抱えて泣いている。


「どうしたんですか?」

 矢沢さんの方を伺うように見た。

「どうしたって? 水野ちゃんに避けられたって、ずっと泣いてる」

「へっ?」

 あの、いつも冷静で、大人の真央さんが泣くなんて信じられない……

 私は、ここへ来るまで自分の気持ちを整理する事ばかり考えていて、真央さんがどんな気持ちでいるかなんて、正直考えて居なかった。真央さんは、私が居なくても、冷静に淡々と仕事に追われているものだと思っていた。


「まぁ、いつになく飲みすぎちゃってね。まさか、こんなんになるとは…… 香音に避けられたとか嫌われたかもって、グチグチ言いながら飲んでいたんだけど、この有様で参ったわ。あはははっ」

 あはははって、笑い事じゃない。私だって、今回の事はかなり落ち込んだ。だけど、真央さんとちゃんと話して、これからの事を考えたいと思った。それに、真央さんを嫌いになる事なんて出来ない…… 
 それなのに、こんなになるまで飲むなんて。また、倒れたら……

 私の中で、今までグズグズとしていた感情が、ふっと消えた気がした。
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