私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
「ええっと……」

 俯いた私に困ったのだろう。口ごもる彼に、私は緊張しながらも口を開いた。

「……何か用ですか?」

「あの……さ、お礼、したくて」

「お礼?」

 顔を上げると、王子はまたニコっと微笑む。
 また顔をそらすのは申し訳なくて、今度は顔を上げたままにした。

「うん、昼間、紙きれ拾ってくれたでしょ? あれさ、すんごい大事なものなんだ。だから……」

「いえ、」

 と私は口を開いた。

「そういう仕事なので」

 それだけ言って、彼の横をすり抜け、立ち去ろうとした。

「待って!」

 彼の声が私を引き止める。ビクっと立ち止まれば、彼が追いついて私の横に立った。

「……先輩、行っちゃったでしょ? せめて、駅まで送らせて。女の子一人でこの時間に外歩くのは、良くない。というか、引き止めちゃった僕が良くない、から」

 王子は首に手をあてて、こちらをじっと見る。その左手には、高級な腕時計が光っている。

 眩しい。キラキラしている。
 私とは、住む世界が違う人。

 私なんかが、この人の隣を歩くなんて、おこがましい。

 そう思ったのに、彼はそのまま私の手を取った。

 触れられた瞬間、ドキリと心臓が高鳴った。
 彼は、そんなこと何とも思っていないかのように歩き出す。

 慣れてるんだ、きっと。

 私はそのまま、握られた手の温もりにドキドキしながら、彼の半歩後ろを歩いた。

 ***

 彼の手を握り、歩く。
 高鳴る鼓動に、火照った顔。冷たい夜風が、ちょうど気持ちいい。

 するとすぐに駅の灯りが見えてきて、私は手を離すのが寂しい、なんて思ってしまった。
 身の程知らずもすぎる。

 はあ、とため息を漏らすと、彼は不意に振り返った。

「ねえ、お腹空かない?」

「え?」

「……ごめん、何でもない」

 彼はそう言って前を向き直る。
 けれど、その瞬間に聞こえてしまった。
 ぐぅぅ、という、彼の腹の虫が。

「ご、ごめん!」

 慌てて振り返った彼は、苦笑いを浮かべていた。

「ふふっ」

 思わず笑うと、彼もへへっと笑った。

「昼飯、食べ損ねちゃってさ……恥っ……」

 頬を赤らめる彼。
 王子なのに、親近感が湧いた。

 なんだ、この人も人間なんだ。
 そんなことを思って、つい口を開いてしまった。

「ご飯……行きますか?」
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