私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
 私は、父子家庭で育った。
 私が7歳の時に、母は家を出ていったのだ。
 原因は、母の浮気。怒り狂った父が母を追い出したあの日を、私は忘れない。

 それまで穏やかだった父は、急に私に厳しくなった。

「あの女は汚い、あいつから産まれたお前も汚い」

 そう罵られて生きてきた。荒れた父はお酒に走り、飲んでは私を罵った。

 私は汚い。私は生きてる価値なんてない。

 いくら勉強したって、意味がない。
 仕事もまともに出来るわけがない。

 そう罵られ、震えて過ごした。
 けれど、実際、そうだったから仕方ない。

 高校時代はバイトに明け暮れた。早く独り立ちしたかったのだ。それで学校に行けなくなり、高校は中退した。
 けれど、私の稼げるお金なんて、会社員の父に比べたらこれっぽっちもなかった。
 それでも、18歳で家を出た。見つかった今の清掃員の仕事を続けて、4年が経った。

 派遣先の企業で働く人達は、皆キラキラしていた。
 私は、そんな高尚な仕事はできない。
 だって、汚い人間だから。
 私は、そうやって、社会の底辺にしかいられない。

 キラキラした人たちの元に、私は行けない。

 そんな私は、もちろん男性経験もない。
 こんな汚い私を、抱こうなんて男がいるわけがない。

 だから、22歳、処女。

 だけど、彼は私に触れてくれた。

 彼に抱かれたら、私は何か変わるかも知れない。
 キラキラした、眩しい、憧れの世界に、私も行けるかもしれない。

 そうちょっとだけ期待して、私は手を引かれるままここに来てしまったのだ。

 鼻で息を吸い込み、口で吐き出した。
 意識していないと、呼吸するのを忘れてしまいそうだった。

「紗佳、さん」

 声を掛けられ振り向けば、バスタオルを腰に巻いた彼がそこにいた。 
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