ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

助けに行きたい

 女は話終わるとすぐに浴室から出て行った。
 モリーさんに用意してもらった、温かなお湯はすっかり冷めてしまった。

 誰もいない部屋に戻り、窓辺に置いてある長椅子に座って目を閉じる。

 監視役の女に言われた言葉が、頭の中をグルグルと駆け巡っていた。

 魔力を持つリフテス王を作る為、魔力の強いマフガルド王族との間に子供を作る。
 自分は使えなくても、後のリフテス王が魔力を使える様にする為なのか、自分の子の子供、孫ならまだ思い通りに動かせると思っているのか……どちらにしても、魔力を手に入れたら、きっとまたマフガルド王国と争いをするに違いない。



 メリーナを牢から出したいのなら、早く子供を作れと女は言った。

 けれど、リフテス王は、獣人の子ではない人の姿の子でなければダメだと言っていた。
(最初の子が獣人の姿ならば、もう一人、その子も獣人の姿なら……⁈)

 その間、メリーナは囚われたままという事だ。

 それにもし、私が子供を連れ帰る事が出来たとして、本当にメリーナを解放してもらえるかは分からない。子供だけを取られ、私も用無しだと処分されるかも知れない。そして子供もどんな扱いを受けるか分からない。

 なぜすぐに気が付かなかったんだろう……。
 私はあの女が言う通り、無知でバカな女だ。

 メリーナ……。

 メリーナは牢にいる。
 陽も差さない城の地下牢に……今いる。

 私はそんな事も知らなかった。

 リフテス王の言う事を信じていた。
 心のどこかで『父親』なのだから、と思う気持ちがあった。
 間違っていた。
 生まれた時に一度しか会っていない子供(わたし)を、あのリフテス王がかわいいと思うだろうか?

 一度会いに来たのは、会いたかったからではない。
 きっとリフテス王は確かめたんだ。
 本当に自分の子供なのかと、そして自分の子供だったから、ただ生かした。

 だから、道具のように利用出来るんだ……。



 母さんが亡くなった今、メリーナだけが私の家族だ。

 助けたい、今すぐに助けに行きたい。
 ……助けに行きたい。

 でも、どうやって?
 どうすれば……。

 頭を抱え考えるが、私がメリーナを助ける素晴らしい方法なんて浮かばない。
 魔力もないし、武器も使ったこと無い。
 うーん……。

 とにかく、リフテス王国に戻って城の地下牢へ向かう!

 私にはそれしか出来ない。



 でも、私の周りには常に人がいる。

 扉にはしっかりと鍵がかけられる。

 監視もいる。でも、あの女だけなら何とかなるだろうか?

 とにかく部屋から出なければならない。

 どうすればいいのか考えるけど全然思いつかない。
 私の頭の中はぐちゃぐちゃだ……。





 しばらくすると、モリーさんが部屋へ戻ってきた。部屋に入るなり珍妙な面持ちになる。

「誰か来ましたか?」
「いえ、誰も来ていません」

 笑みを浮かべ答えると、モリーさんは首を傾げた。
 もしかして、リフテス人の匂いがする?

 ううん、大丈夫なはず。だって、監視役の女はメイドとして城の中で普通に働いているもの。リフテス人とは分からない方法を用いてると思う。

「そうですか?」
「……はい」

 私はモリーさんに平然と嘘を吐いてしまった。

(ごめんなさい……モリーさん)








 シリルは、エリザベートを部屋へ送り届けると、すぐに王の部屋へと向かった。

 すでに兄弟達も揃い、各々好きな場所に座っていた。
 本来、ゼビオス王はあまりかしこまった事は好きではない。普段の部屋の中はこんなものだ。

「アレは何だ?」

 シリルの顔を見るなり、長兄カイザーが不快を露わにする。

「アレ?」
「私の後ろにいたメイドだ、エリザベート様を睨みつけていただろう?」
「気がついていたのか」
「当たり前だ、それに……」

 カイザーが言いにくそうに声を詰まらせたその核心を、末弟ハリアが突いてくる。

「エリザベート様、本当に王女様なの?」

 悪気など全くなさそうな顔をしたハリアは、床に寝そべり頬杖をつき尻尾を揺らしていた。

「ハリア、お前以外にちゃんと見ているんだな」

ノルディが意外だというような顔でハリアを見る。

「お前達も気がついていたか」

 ゼビオス王は酒を呑みながら、王子達の話を聞いていた。

「父上、何か知っているのですか⁈ 」


 ゼビオス王は、自分が知っている事を話すと言い語り出した。

 何度も断ったが、リフテス王国から王女を送って来た。どういう訳か、彼女の荷物はリフテス王国から来た者達によって処分されている。
 彼女を監視する為、数人のリフテス人が潜り込んでいて、エリザベートは無理矢理この国へ連れて来られたようだ、と言う事。

「リフテスが何か企んでいるに違いない……」
「でも、何故王女を送る? もし、この国で何かあれば、どんな目に遭うか分からないだろう? 間者だと捉えられるかも知れないのに」
「そもそも、彼女は本当に王女ですか⁈ それすら怪しい……」
「なぜすぐに教えてくれなかったのですか!」
「それならば、クジ引きまでさせて結婚相手を決める事などしなくてもよかったのでは?」
「可愛いすぎだよね⁈ 」
「何でエリザベート様は、監視されないといけないの? 荷物はなぜ処分したのか分からない事だらけだよ」

 王子達は口々に意見を述べる。
 その中でシリルだけが、静かに座っていた。

 ゼビオス王は、王子達を宥めるように手を挙げる。

「まぁ、まて。彼女は王族の血縁には違いない。あの瞳の色はリフテスの王族にしか出ないものらしいからな。だが、リフテスの城にいた王女達は六人、それからエリザベートという名の王女はいなかった。それに王女達とは、全く似ておらんと報告が来ている」

「「えーっ!」」
 何かを期待していたヨシュアとハリアが叫ぶ。

「実は馬車が着いた時、相手を決めはしたが、やはり追い返そうかと思って会いに行ったのだ」
「はっ? 父上が自らですか?」

 ゼビオス王は、コクコクと頷いた。

「そうしたらな、まぁ、可愛かった」

 尻尾をふさふさと揺らしながらご機嫌な顔で、ゼビオス王は酒を飲む。

「……はぁ」
「馬車の中で、ただでさえ小さいのに私を見てさらに縮こまっておってな……」

 怯えた子猫の様だった、いや、子リスか?などと話すゼビオス王は、どうやらすっかり酒に酔っている。
 話がどんどん横道にそれて行きそうになり、そこからはシリルが、昨夜聞いた彼女の心の声の話をした。

「信じてもらえるか分からないが、尻尾が触れると彼女の声が聞こえる」とシリルが言った。

「それが、シリルとエリザベートの何かしらの運命なのかしらね」と王妃が話す。

 皆はなるほど、と頷いていた。

 ハリアが「僕も尻尾で触れたけど、何も聞こえなかった。僕とは運命が繋がってないって事か……」とちょっぴり拗ねた。



 昨夜聞こえた彼女の声
『子供を連れて帰らなければ、メリーナを助けられない。ごめんなさい』

 それを告げると、ゼビオス王はニヤリと笑う。

「何だ、シリルお前ならすぐに叶えてやれるだろう」
「な、なんで」
「求愛給餌のような事までして、姫の為に爪も短く切っておきながら、まさか認めない気か? お前、すでにベタ惚れだろう?」

「ぐっ」

 求愛給餌の意味はよく分からなかったが、その他の言葉には心当たりしかないシリルは、何も言い返せない。


「本当、シリル兄上のあんな甘い顔、初めて見ましたよ。笑いを堪えるので大変でした」
「確かに! 俺も尻尾を揺らさないようにするのは大変だった」
「まあな、あんな涙ぐんで嬉しそうに食べて貰えるんなら、誰だって食べさせたくなるよ。シリルの気持ちは分かるぞ」

 王子達は皆、羞恥のあまり頬が赤く染まるシリルを、ニヤニヤと笑みを浮かべ見ていた。

 ゼビオス王は、グラスに入った酒を飲み干すと話をまとめた。

「まぁ、要はそのメリーナという人物を助ける為、エリザベートは子供を生み、リフテスに連れ帰らなければならんのだろう。……アイツの考えそうな事ではあるな、そこまでして欲しいのか……」
「何を? リフテス王は何かを欲しいのですか?」
「ああ、アイツは昔から魔力を欲しがっている」
「魔力?」
「魔力さえ有れば、全てを手に入れられるとでも思っているのだろう」

 真剣な話が始まりそうになると、そんな話はつまらないと言わんばかりに、ハリアが「シリル兄上はエリザベート様ともうキスしたの?」と聞いた。

「あら、その話なら私も聞きたいわ!」と今までつまらなそうにしていた王妃が、ワクワクした顔でシリルに攻め寄る。

「な、何でそんな話にっ!」

 さらに顔を赤らめ、あたふたするシリルを見て兄弟達は面白がって次々と話し始めた。

 その後、すっかり話し合いの場は、宴へと変わってしまった。






 夜遅くにシリル様は寝室へとやって来た。
 先にベッドへ入っている私を起こさない様に、そっと端の方に背を向けて横になる。
 
 ……優しい……。

「シリル様」

 声をかけると、シリル様の体がビクッと跳ねた。

「お、起きていたのか」
「はい、待っていました」
「待って……そ、そうか」

 私は彼の方を向き、少しだけシリル様の近くに体を動かした。
 彼から石鹸の香りと少しだけお酒の匂いがする。
 王様とお酒を飲んできたのかな?

 薄暗い中、目を凝らして彼を見る。
 手を伸ばして彼に気づかれない様に彼の漆黒の髪に触れてみた。

 思ったより柔らかい。

「……エリザベート?」

「シリル様、し、尻尾に触れてみてもいいですか?」
「あ、え、ああ、尻尾? なぜ?」
「私にはない物だし……一度、触って見たくて……ダメですか?」
「……いや、構わない」

『尻尾に触れたい』それは髪に触れていた事を誤魔化す為に、咄嗟に出た言葉だった。

 シリル様は、フワリと私の方へ尻尾を動かしてくれた。

 そっと触れたシリル様の尻尾

 あれ?

 初めてここに寝たあの時のモフモフ湯たんぽと似てる……?

 あの時は目を閉じていたし寝ぼけていたから、湯たんぽだと思い込んでいたけど……。

 違う?

 ちゃんと確かめたくてキュッと尻尾を抱き込んだ。

「えっ! エリザベート!」

 驚いたシリル様の声が寝室に響いた。

「あ、痛いですか?」
「い、いや痛くはない……そのままで……いい」

 暖かなモフモフの長い尻尾。

(モフモフ湯たんぽは、シリル様の尻尾だったのか……)

「……… 」
「シリル様」
「ん?」
「シリル様は、私との結婚を嫌ではないですか?」

「そんな事はない」
「クジで決まった相手なのに?」
「それは、それも運命だろう……」
「……はい、そう思っていただけるなら嬉しいです」
「嬉しい……」

「シリル様は私と……子供を持つことは嫌ではありませんか?」
「……あ、ああ」
「よかった……」
「なぜ、そんな事を聞くんだ?」

「シリル様……」
「どうかしたのか?」

(私はあなたを好きになってしまったようです)

「………」
「……何でもありません」

 しばらく沈黙が続いた。

 抱きしめているシリル様の尻尾は暖かい。
 耳には高鳴る自分の鼓動の音だけが、ドクンドクンとうるさいぐらい聞こえていた。

「つ、番のリングだが」

 沈黙を破るように、少し上擦ったような声でシリル様が話す。

「はい、何でもいいんですよね?」
「その事だが、昨日は君に任せると言ったが……俺が作るから」
「え?」
「俺が番のリングは作る。任せて欲しい」
「……はい」

(……ごめんなさい)


「エリザベート?」

(……リラです。私はリラです)

「え、あ 」
「……シリル様、もう寝ますね。お休みなさい」

 何かを言いかけたシリル様に、気づいていないかのように私は眠ったフリをした。

「あ、ああ……お休み」


 しばらくすると、シリル様から寝息が聞こえた。

 モフモフの尻尾を抱きしめ顔を寄せる。

(シリル様、ありがとう)
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