ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

騎士達の願い

 メリーナから聞いた、リフテス王の話は余りにも哀れだった。

 私が知るのは、あの日のリフテス王だけ。
 一切の感情を見せない、冷たく暗い目を私に向けたその人は、話に聞いていた通りの『リフテス王』だった。
 私に『エリザベート』と名付け、魔力を持つ子を産めと言った人。

 なのに……。
 私は声も出ず、ただメリーナを見ていた。


 ーーーーその時

 しいんと静まり返った室内に、ぐうぅとお腹の音が鳴った。

「ごめんなさいっ、ぼくお腹空いちゃった……」

 バーナビーさんの息子さんが、恥ずかしそうにお腹を押さえている。その横で奥さんが申し訳なさそうに頭を下げていた。

「あら、ごめんなさいね。ちょっと、お姉さんのお話が長かったわ」

 メリーナはそう言うと、何か食べましょうと指をクルクル動かし始めた。

「お姉さん……」

 メイナード様が呟くと、メリーナはクイッと指を曲げる。

 ペチン!

「うわっ!」

 メイナード様の頬にクッキーが張り付いた。

「メイナード、私はまだ三十五歳なのよ! 結婚もしていないし、充分綺麗だわ!」

 プリプリと怒りながら指を回すメリーナ。
 また、何か飛んでくるのかと警戒しながらも、メイナード様はまた口を出す。

「でも、それ仮の姿でしょう? 髪や目の色は違うけど、お母様の姿だし⁈ 」

 メイナード様は頬に付いていたクッキーを取り、パクッと食べた。
「あっ、美味しい……」

 メイナード様を横目で見ながら、メリーナはそれぞれが座る椅子の前にテーブルを出す。

「……元の姿はマフガルドへ戻ってから見せます。私には、まだこの国でやらなければならない事があるのよ」

 メリーナは続けて指を回してお皿を出し、そこにパンとチーズを乗せた。

「ちょっと、あなた達も見ていないで何か出して」

 魔法を呆然と見ているシリル様達にメリーナが声をかけると、ラビー姉様が口を開けた。

「……私、食べ物は出せないわ……」
「僕も」
「僕はそもそも、物を出したり出来ない。生活魔法と変化だけです」
「俺も、出来ない……」

 そう皆が答えると、メリーナは頭を抱えた。

「魔法を誰も教えなかったの?」
「教えて貰ったけど出来なかったの。そもそも、こんなに沢山の魔法が使える人を見たのは初めてよ。ゼビオス王だって、生活魔法と幾つかの攻撃魔法、転移ぐらいしか見せて貰った事はないし、お父様もこんなには……」

 ラビー姉様が話すと、メリーナは目を丸くしていた。

「まさか……あの時、他の者にも封印の魔法が掛かってしまったというの?」

 でも、後から生まれた子供にまで影響するかしら……とルシファ様を見ながらブツブツと呟いている。

「仕方ない」とメリーナがスープを追加で出し、皆でそれらを食べた。

 食べ終えると、メリーナは全てを消し、テーブルの上に小さな蝋燭を置いた。


 随分と時間が過ぎていた。
 日が傾き始め、この屋敷の周りを歩く人々も少なくなっている。


「メリーナ様、さっき言っていた、この国でやらなければいけない事って何ですか?」

 食後から黙って考え込んでいたルシファ様が、メリーナへ尋ねた。

「リフテス王が屋敷に来た日、私は捕らえられ、そのまま牢へ向かったんだけど、その時頼まれたの」

 メリーナは頬杖をつきながら話し出した。

「そのまま牢? 頼まれたって誰に?」

 あの日、屋敷に来たのはリフテス王と騎士達だ。
 もう一人いたかな?
 けれど、何かを頼むような人はいないはず。


「……あの日ね……」





 騎士に促され外へ出ると、屋敷の玄関前には、馬車が数台用意されていた。
 その内二台は長距離用の馬車で、既に荷物が積んである。どうやら、最初からリラとメリーナを別々に屋敷から連れ出すつもりだったようだ。

(私も一緒に、マフガルドへ行けたらよかったのに……)

 メリーナが乗せられた箱馬車は、小さな窓が一つしかなく、中は暗かった。


 座席に座ると、剣を突きつけていた騎士がなぜかメリーナのすぐ隣に座る。


(他には誰もいない馬車の中、椅子は他にもあるのになぜ隣に座るのかしら……?)

 特に縛られている訳でもなく、不安はなかった。
いざというときは魔法を使い、抜け出そうと思っていたのだ。
 マーガレットもこの世からいなくなった今となっては、魔法が使えるとバレても、構わないと思っていた。

(マーガレットが亡くなった後、リラとすぐにマフガルドへ向かうべきだった……)

 ガタガタと揺れる古い馬車の中で、少し後悔をしているメリーナ。
 その横に座る騎士は、難しい顔をして前を向いていた。

(どうしたのかしら?)

 隣にいる騎士の事を、メリーナは以前からよく知っていた。

 騎士は、いつもアレクサンドルの側にいた数少ない、彼の味方である者だった。
 屋敷にも彼に伴い何度も来たことがあり、最近までたまに、遠目からマーガレットやリラの様子を見に来ていた。


 騎士は前を真っ直ぐに見ながら、語り出した。

「……これは独り言だ」
「…………?」

 独り言だ、と言って話す人はいないのでは?……とメリーナは思う。

「……彼女が、この世からいなくなったと知った『ある人』は直ぐに向かおうとした」
「……それって」
「独り言だ、捕まっている者は黙っていろ」

 ……誰か聴いているかも知れないと言う事?
 ……御者?

 メリーナは、騎士に少しだけ近づく。

「そこに魔女が現れ、その横には魔王がいた。そいつが『ある人』に何かをした」

 ……魔女? 王妃のことかしら?
 ……魔王……デフライト公爵のこと?

「魔王は初めて見る者だった。そいつが手のひらを『ある人』に向けると、そのまま……『ある人』は意識を失い倒れた。近くにいた者たちも、気を失っていた。目覚めた時には朝になっていた」

 ……だとすれば公爵ではない。
 魔法を使う者がいたのね、呪文無しなら、かなりの魔力持ちだわ。

「『ある人』だけは二週間も眠り続け、目覚めた時には何も覚えておらず、話し方も顔つきも別人のようになっていた」

 そうか、だからさっき……あれほどの魔法なら、相当な使い手……。
 まさか……?

「それから一週間後の真夜中だ。月の明るい夜だった。俺達の下へ、以前の『ある人』がやって来た」

 以前の……と言うことは、一時的に魔法が解けたのかしら?
 それとも魔法自体が不完全?

 独り言を話す騎士は、ぐっと唇を噛み締めた。
 剣を握る手にも力が入る。
 何かを思い出したのだろう、目に光るものが見えた。

「『ある人』に、連れて行って……欲しい場所があると言われた。石を彫る道具も欲しいと頼まれた」

 ……それって……。


 だんだんと涙声になる騎士は、何度も歯を食い縛り溢れ出そうになるものを堪えながら、話を続けた。

「すぐに仲間数人と『ある人』を隠すようにしてその場所へ向かった。……そこに着くと『ある人』は膝を折って……泣き崩れた。……しばらくすると、彫る道具を貸してくれと言われ手渡したが『ある人』では力が……足りず、俺達が手伝ってそこに彫った。…………小さな花の絵だ」

 騎士はそう言うと、天を見上げた。
 目からツウっと一筋の涙が溢れ落ちる。

「……これは……独り言だ」

 騎士は何度もそう言った。

「『ある人』を救ってやって欲しい。……もう十分だ、魔女から助けてやってくれ。俺達では何も、どうする事も出来ない。マフガルドへ送る王女は、あの子は、必ず魔力を持った子供と一緒に帰ってくる。君を助けに来る」

 リラがシリルの子供と? それは……どうかしら?

「先に捕まっている獣人の男とその息子、そしてあの子の子供が集まれば、魔法で『ある人』を助けることが出来ないだろうか」

「初めからそのつもりだったの?」

 メリーナが小声で尋ねると、騎士は首を横に振った。

「……これは俺達の勝手な考えだ」

 騎士はそう言うと、メリーナを城の地下牢へと連れて行った。

「この場所へは魔女と魔王は近寄ろうとしない。出来ないのかも知れない。だから、先に捕まえてあった獣人の家族も移動させておいた。君もここに入れる。……すまない」





「そう言って、騎士はあの場所へ私を連れて行ったの。真っ暗で、いろんな物がいるつまらない場所だったけど、騎士達はちゃんとご飯を運んでくれたわ、でも見回りの兵は王妃の手下の様だったけれどね」

 メリーナは私を真っ直ぐに見る。
彼女の茶色い目が赤く染まり始めた。それは、ラビー姉様とメイナード様の目の色と同じ赤。
メリーナの本来の目の色なのだろうか?

「リラ、私の話を信じるかはあなたに任せるわ。でも、私はあなたと一緒に、彼を救いたいと思ってる」

 瞬きをしたメリーナの目の色は、また元の茶色へと戻っていた。
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