ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

月の光

 側まで来たシリル様は私へと手を差し出す。
 その手に、光がバチバチと音を立て飛ぶ。

 それはさっき、メリーナが痛いと言った光。

(あんなにたくさん……大丈夫なの⁈ シリル様は痛くないの⁈)

 メリーナはかなり痛そうにしていたのに……。

 心の中では心配をしていても『私』の顔は喜んでいるかの様に笑みを浮かべているのが分かる。

 そんな私に、シリル様はいつもと同じように。優しい笑顔をみせてくれる。

「リラ」

 私の体は、一歩ずつ彼から距離を取ろうと後退り、口からは暴言ばかりが出ていく。

「寄るな、おぞましい漆黒め!」

 けれど、シリル様は変わらず優しい笑顔を向けながら近寄り、私の頬に触れた。

「大丈夫だ、リラ」

 バチッ! と大きな音とともに光が飛び、シリル様の顔が苦痛に歪む。

(ダメ……シリル様!)

 かなり痛かったはずなのに、シリル様は私の体をぐっと抱き寄せ、離れない様にもふもふの尻尾を体に巻きつけた。

「リラ……」

「離せ! 獣がっ! 私に触れるな!」

(違うのっ、違うの……)

「……リラ」
「穢らわしい! 離れろっ!」

(助けて……助けてシリル様)

「リラ、俺を見て」
 顔を背ける私に、甘く掠れた声でシリル様が言う。

「誰がお前など見るものか」

(見たい、でも……体が言う事を効かない)

「リラ……」

 シリル様は私の顔に手を添え、少し強引に自分へと向けさせた。
(シリル様……)

 目と目が合うと、彼は愛おしそうに見つめてくれた。

 バチバチと、激しい光が彼の体を取り囲む。

(このままじゃダメ、シリル様がどうにかなっちゃう……)

「これぐらい平気だ、元は俺が作った防御魔法だ。まさか、自分が受けることになるとは思っていなかったが」

 そう言って、フッと笑ったシリル様の口元に白い牙が見えた。

(あ……牙、久しぶりに見ちゃった……そう言えば、キスする時痛いかもって思っていたなぁ……)

 シリル様は、一瞬目を見開くと口元を綻ばせた。

「くくっ……リラ、今そう言う事を考える余裕は無いはずだ」

(えっ……そういう事って……シリル様どうして?)

「離せっ! 穢らわしいっ!」

(違うっ! 何で?)

 口からは思ってもいない言葉が出て、体は勝手にシリル様から距離をとろうと押し退けようとする。
 けれど、シリル様は私をしっかりと抱きとめて離さなかった。

「離れろ! マフガルド!」

(嫌だ……離れたくない。こんな事言いたくない……)

「大丈夫、離さない。リラ、俺は分かっているから」

(……どうして?)

「獣ごときがっ!」

 バチバチッと更に強くなった光が、シリル様を取り囲む。

「尻尾……が……」

 何かを言おうとするシリル様を、強烈な光が取り囲んだ。

 バチッ! 今までで一番大きな音が響いた。

「……ぐっ……は……」

 ズルッ……と、シリル様が力無くその場に崩れ落ちる。
(シリル様っ!)



「……ククッ」
 私達の様子をずっと見ていたのだろう、白い男がせせら笑う。

「己の魔法すら抑止出来ぬとは。同じ漆黒とはいえシリウスとは大違いだな、マフガルドも落ちぶれたものだ」

 白い男は倒れたシリル様を遠目で冷たく見下ろしていた。

 足下に転がるシリル様の体。

 助けたい、抱き上げたい、そう思うのに、私は彼に触れることすら出来ない。


(いや……シリル様……シリル様……! メリーナ! メリーナ、シリル様を助けてっ!)

 シリル様の異変に気づいたメリーナが、王妃を突き飛ばし駆け寄って来た。

「シリルっ‼︎」


 突き飛ばされた王妃はなぜか笑みを浮かべ、白い男の前に向かった。

 すると突然、天井から黒装束を着た者が音もなく現れ、王妃の前に立った。

 その者は両手を掲げ、黒い煙の渦を作りはじめた。
 それは少しずつ大きくなっていく。


 ……すごく嫌な感じがする。

 あの格好は、山道で襲って来た人達と同じ。
『クラッシュ』の者だ。

 あの時はシリル様が助けてくれた。けれど、今彼は私のせいで倒れている。

 そのシリル様に回復魔法をかけているメリーナはまだ気が付いていない。
 それにお父様も寝台の上で倒れている。


 どうにかしなきゃ……どうすれば?
 体も全て支配されているのに……。


 ああ、誰か……。

 ……母さん、母さんお願い力を貸して!

【大丈夫よ、リラ】


 どこからか母さんの声が聞こえた気がした。
 その瞬間、不安に縛られていた心が、少しだけ解けた気がする。

 それと同時に、プッと何かが切り離された様に体が動くようになった。


 床に影が映っている。
 月を覆っていた雲が流れ、光が部屋の中へ差し込んでいた。

 月……そうか……お父様も月が隠れた途端に言動が変わった、と言う事は……。
 月が出ていると、支配から逃れられるんじゃないかしら……。
 理由はよく分からないけど、とにかく、今なら体が動く。

 私は、倒れているシリル様とメリーナの前に立ち塞がった。


 きっと大丈夫、私の体にはシリル様の防御魔法がかけられている。シリル様の魔法は強いもの、例え最初と違い、書き変えられていたとしても……。

 それに、大切な人達を少しでも守れるのなら、命を落としても悔いはない。

「ダメよリラッ!」

 私の動きに気づいたメリーナが叫ぶ。
ちょうどその時、黒い煙が一本の大きな矢の形へと変わった。
 それが次の瞬間分裂し、無数の矢に変わる。

 王妃が私を指差すと、黒装束の者が手を振り下ろした。
 たくさんの矢が私を目掛けて飛んで来た。

(うわぁ! ちょっとこれはダメかも)

 その矢は、たぶんすごい速さで飛んで来ている。
 けれど不思議な事に、私の目にはゆっくりと見えた。


 矢が私の下へと届くその合間に、なぜかシリル様の優しい笑顔が思い出された。


 これって……もしかして、私死んじゃう?
 人は死ぬ前にいろいろなものを見るというし……。

(うっ……皆を守れるならって思っていたけど、やっぱり怖い……)

 近づいてくる矢は、さらに数を増し襲ってくる。

 さすがに目を開けていられず、私はギュッと瞼を閉じた。

(シリル様っ!)


「リラッ‼︎」


 ーーーーバキバキバキバキッ!
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