ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

王族として

 シリル様達がマフガルド王国へと旅立ち、一週間が過ぎた。

 本当なら、私も一緒に行ってゼビオス王に事情を話すべきだと思ったけれど、メリーナから、まだ体が完全に回復したとは言えない二人の為にも、リフテス王国に残るようにと言われてしまった。

「私は城の封印を解かなければならないから、どうしても一度向こうへ行かなければいけないの。リラは、この国でマーガレットやアレクサンドル様を見ていてちょうだい」

 シリル様は帰る間際に私を抱きしめて「必ず許しをもらい、リラの下へ戻って来る」と約束してくれた。

 そして、愛馬のルルを君に託す、と預けてくれた。





「ルル」

 リフテス城に新たに作られた『ルル』の為の厩舎を訪れると、ルルは嬉しそうに鼻を鳴らして近づいて来た。

 もう一頭、ルルと一緒にここにいる、リフテスの黒毛の馬も近づいてきて、私の手に鼻頭を寄せてくれた。

「ずいぶん仲良くなったのね」

 ルルと黒毛の馬、エルダーは体を寄せ合う。
 まるで恋人同士の様に仲が良い。

「……いいなぁ……私もシリル様に会いたい……」

 あの日以降、私と母さん……お母様は城で暮らしている。
(王女なのだから『母さん』と呼ぶのはダメだと、メリーナと宰相様に言われてしまいました)

 あれから、お母様は一度シェバリエ公爵の養女となり、すぐにリフテス王国の正妃としての誓約を結んだ。
 これでお母様は、正式なリフテス王国の王妃『マーガレット・ル・リフテス』となった。

 そして私は、『リフテス王国第一王女、リラ・ル・リフテス』となり、この国の王位継承権を持つ者になった。

 ……王位継承権……私に女王なんて務まるの?

 なんて事は言っていられない。
 決まってしまったのだ、頑張るしかない。

 ……何だか目まぐるしく人生が変わっていく。
 平民だと思っていた私は王女で、今度は世継ぎになってしまった。

 今はとりあえず、目の前の事をやって行くのがやっとだ。

 ルルとエルダーに別れを告げて、厩舎を後にして、城の広間へと向かう。

 この後私は、お母様とダンスを学ぶ事になっている。
 私とお母様は、王族としての知識も教養も持っていない。

 リフテス王であるお父様は私達に甘く、自分が全て行うから二人はそのままでいいよ、なんて優しく言ってくれた。
 けれど、王妃や王女が何も知らない訳にはいかないと、二人でシェバリエ公爵に頼んだ。
 学びたいと言う私達に、シュバリエ公爵は喜んで、たくさんの教師を呼んでくれた。
 その中にはシュバリエ公爵夫人や、ブノア大臣の御令嬢もおられた。
 彼等は分かりやすく『王妃』『王女』としての勉強を教えてくれている。


 あれからアレクサンドルお父様は、王様としてとても忙しくしている。

 あの夜、メリーナから治癒魔法をかけてもらったお父様は、お母様と再会を果たすと、気力も増したのか途端にその隠されていた手腕を発揮した。
 いざ政務を行うと、それは素晴らしい王様だった。

 すぐに降伏宣言の証として渡してしまった私の返還、並びにシリル王子様との婚姻の嘆願書を作り上げた。

 シリル様達が出発するとすぐに、未だ城に残っていたデフライト公爵に縁のある者を洗い出し(薬を盛られている間、ジョゼフィーヌが話していた事を覚えていたらしい……)秘密裏に行われていた事業や、それに関わっていた末端の者達まで暴き出し全てを捕らえるよう指示を出した。

 これまで、満足に行われていなかった王の役割は多く、それこそ寝る間もないほどだった。

 けれど、お父様はその状況すら嬉しいらしく、疲れた顔を見せる事なく、生き生きと政務をこなしている。
 その姿に、数少なくなっている臣下達は喜んだ。

 お父様は元々、王として生まれた育った人。

「城の中にいて、出来ることは限られている。私のしている事など大した事ではないよ」

 そう言って、あの美しい顔で淡々と仕事をこなし、臣下に指示を出す。

 ……お父様は王様として、すごく忙しくしている。


 すごく忙しい。

 だって王様なんだから……。


 なのに……。

「マーガレット、終わった?」

 シェバリエ公爵夫人と、ダンスの先生の手拍子が止まる。

 お母様は、少しだけ困った様な表情を浮かべた後、広間に入って来たお父様に向け、優しく微笑む。

「まだよ、アレク。始まったばかりなの」
「じゃあ、私も一緒に教えるよ」

 お父様は軽やかにお母様の手をとり、腰を抱く。

「ダメ、アレクは私に優しすぎるもの」

 少し体を逸らし頬を染めるお母様。

「どうして? マーガレットに優しくするのはいけないの?」
「違うの、私キチンと覚えたいのよ。王妃として、それに私を娘に迎えてくださったシェバリエ公爵様とアレクに、恥ずかしい思いをさせないように……」

 お父様は目を見開き、お母様を抱き上げた。

「マーガレット、なんて君は可愛いことを言うんだ……」
「えっ? アレク?」

 何故かお父様はお母様にキスをして……。

 私とシェバリエ公爵夫人、ダンスの先生は静かに広間を出た。
 何かといちゃつく二人。

 会えなかった時間が長かったからだろう、お父様は少しでも時間が出来ると、お母様に会いにくる。

 メリーナから聞いた、あの切ない話が霞んでいくようだ。


 ……ううん、いいの。
 二人が幸せなら……。

 けれど、仲睦まじい二人を見ていると、いいなって思ってしまう。

 私も……シリル様に会いたい……。
 シリル様……。

 もう、マフガルド王国に着きましたか?


◇◇


 リフテス王国を出たシリル一行は、三日後に国境に辿り着いた。

 そこにはカダル山賊の頭領ベレンジャー達とバーナビーの娘が待っていた。

 バーナビー家族は再会を喜び合った。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん達ありがとう!」

 嬉しそうに笑うバーナビーの娘。

 元々国境近くに住んでいたバーナビー家族とは、ここで別れることになった。
 リフテス王を救出した者として、リフテス王国からバーナビーに与えられた褒賞金を渡し、シリル達はまた会おうと再会を約束し、別れを告げた。




 ベレンジャーは、あの時捕らえた『クラッシュ』の者達とカダル山賊に入り込んでいた間者を、シリルに引き渡した。

 箱に入っている白い男を見て、ベレンジャーはピュウッと口笛を吹く。

「すげーな、シリル。『神』捕まえてんじゃん」
「……いろいろあったんだ」
「ふうん、いろいろあったからリラ様とキスできた訳?」
「なっ!」
 顔を赤くするシリルを見て、ベレンジャーはニヤッと笑う。

「結婚式には俺達も呼んでくれよ、花火上げてやるから!」

 軽口を叩いていたベレンジャーは、シリルと一緒にいる漆黒の兎獣人に目を向ける。

「誰? その美人」
「あ、ああ、それはラビー達の叔母さ」

 バシッ! シリルの背中が叩かれた。

「私はラビーの姉よ、メリーナです。よろしくね頭領さん」

『叔母だろう? 嘘は吐くな』
「いいのよ! こんなの嘘のうちに入らないわ! だいたいあなたは考え方が古いのよ! 長く生きてるからってもう少し柔和に物事を考えられないの? それに捕まっているんだから、黙っていなさい!」
『お前たちの考えが軽すぎるのだ、だいたい何だ、獣人の番でも別れる事があるなど私は知らない』
「またその話なの? しつこい!」
『しつこい?』

 なぜか白い男が口を出し、メリーナと口論になっている。

(奴はよく話す……鳥獣人だからか? 『神』だから? 自分の立場を分かっているのか?)

 シリルは二人の事は気にせずに、ベレンジャーに話をした。

「しかし、なぜ俺達が今日ここに来ると分かったんだ?」

 シリル達はいつ国境を通るかなどといった連絡を、ベレンジャーとは一切取っていなかった。なのに、彼らは居たのである。

「……アイツらだよ」

 どうやら『白い男』は『クラッシュ』の者達とは念じるだけで、思考を伝える事が出来るらしい。

『クラッシュ』の者達は『神』と血の誓約を結ぶらしく、どんなに離れていようとも指示を受ける事が出来るのだと自慢げに話をした。

 彼らは『神』が捕らえられた事も、もちろん知っていたという。

「なぜ取り戻しに来なかったんだ?」
「『神』が指示を出していると言っていたぞ? なんでもシリル、お前に敵う者は、今はいないから手を出すなってさ。それに捕らえられていようと関係ないらしい。過去にもこんな事は何度もあったんだと」

 ……嫌な男だ。
 ワザと捕らえられているという事か……。

 シリルが白い男に目を向けると、白い男は気づいて口角を上げた。
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