ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

マフガルド王

 一週間前、お母様の頭上から一通の手紙が、ひらひらと舞い降りてきた。

 それは、マフガルド王国にいるメリーナからだった。

 手紙には、マフガルド城の者達の封印を解いてすぐにリフテス王国へ戻るつもりだったが、いろいろあってしばらく戻れない。
 そして、そのいろいろの所為でゼビオス王陛下とシンディ王妃陛下、そして第一王子カイザー殿下がリフテス王国へ馬車で向かった、彼等は一週間程で着くだろうと書いてあった。

 いろいろ? 何があったんだろう?

 とりあえず、手紙を受け取ったその日から、王様達がいつ何時来着されてもいいように、歓迎の準備をする事になった。

 リフテス王国にとって久しぶりのお客様、それもマフガルド王国の王様の来国となる。

 お父様や臣下達は、かなり緊張している様だった。
 どんな料理を好まれるのか、飲み物は? 部屋の広さや照明などを、マフガルド王国に行っていた私に、たくさんの人が聞きにくる。

 私は美味しかった料理、予め温めてくれていたお風呂や香りの良い石鹸の事、綺麗な部屋や、大きなベッドの話をした。

 話を聞いたお父様とシェバリエ宰相は、思っていたよりもずっと良い待遇をして貰えていた事に、感謝をし涙ぐんだ。

 五日間で出来る限りの準備し、後は来国されるのを待つだけとなった。





 お父様が、いつものように政務の合間にお母様の下を尋ねて来る。

「この髪は切った方がよくないかな? 少しでも王様らしく……髭もあったらいいと思うけど……でも、髭は生え無いから伸ばせないし……ねぇマーガレット」

 長い髪を切ろうかと尋ねるお父様。

 どうやら威厳ある王様として、マフガルド王を出迎えたいようだ。

 しかし……。

(お父様……その話は、今じゃないとダメでしたか? 今夜でもよかったのでは?)

 お母様は首を横に振る。

「切るなんて言わないで、せっかくの綺麗な黄金の髪なのよ? それにアレクに長い髪はとても似合っているわ」

 話しながら、お父様の髪を一房手に取るお母様。
 その手をお父様は取り、手の甲にチュとキスを落とす。

「でも、私は背も高くないし、体もまだ細い。女性と思われないかな?」
「えっ? 私は一度も思ったことないわよ?」
「そう?」
「そうよ、あなたは素敵な男性だわ」

 お父様の頬に手を添えるお母様。
 その手を上から握って、そのまま腰を抱き寄せるお父様は、熱のこもった視線をお母様に向ける。

「君も素敵な女性だよ……マーガレット……」

 イチャイチャ……。

 私とシェバリエ公爵夫人が居るというのに、二人は甘い世界に入ってしまった。

「リラ様、続きはまた明日にでも……」
「はい、申し訳ありません」

 王室の歴史を教えに来てくれていたシェバリエ公爵夫人と私は、静かに部屋を出る。






 そうして、メリーナから手紙が届いてから八日後。

 マフガルド王様、王妃様、第一王子様の三人がリフテス王国へと入られた。






 マフガルド王国、国王、ゼビオス・ドフラクス・マフガルド様。
 王妃、シンディ・ルルージュ・ドフラクス・マフガルド様。
 第一王子、カイザー・ドフラクス・マフガルド様。

 三人は、私達を前にして固まったように動かなくなった。


 ……どこか可笑しかったのだろうか?

 王都に入ったと連絡を受け、先ほど慌てて皆と前もって相談の上決めていた衣装に着替え、出迎えたのだ。

 派手にならず地味過ぎず(本来ならこちらから行くべきだが)わざわざ出向いてくださったマフガルド王様達に、不快感を与えないようにと選んだ衣装。

 私はシンプルな紺のドレス、お母様は紺地に少しだけ金の刺繍が施されたドレス。
 お父様はお母様と対になる正装を着て、王冠はつけない方がいいだろうと、代わりに額飾りを着けていた。……それがおかしいのかな?


 マフガルド王、王妃、カイザー王子様達の視線は私達……主にお父様に向けられている。


 無言の時が過ぎ、やがて三人の尻尾が激しく振られはじめた。

「…………⁈」

 お父様はどうしたらいいのか分からないらしく、潤んだ瞳で私を見る。

(……たぶん、いや完全に、あれは好意がある時の尻尾の動きだ)

 この前、ルシファ様に獣人にしてもらい、尻尾の動きは分かっているつもりだ。


 私は強い眼差しでお父様に大丈夫だと頷いて見せた。

(怖くないですよ! 王様達は、喜んでいらっしゃいます!)


 お父様はコクリと頷くと、その潤んだ瞳のまま、マフガルド国王に目を移す。

 背の低いお父様は、ゼビオス王を見上げる様にして話をはじめた。

「マフガルド王国王家の皆様、遥々リフテス王国へお越し下さりありがとうございます。ご挨拶が遅れました。私がリフテス王国、国王アレクサンドル・ル・リフテスです」

 はじめ少しだけ声が震えていたが、お父様はしっかりと挨拶をし、スッと腰を折り礼をする。

 サラリと流れる艶やかな黄金の髪が、顔を上げるとフワリと揺れた。

 その一挙一動を、マフガルド王国から来た三人は、目を見開き見ている。

「この度の私どもによる非礼、大変申し訳なく思っております」

「……いや、その……本当に?」

 ゼビオス王がしどろもどろで話し始めた。

「はい、本当に申し訳ないと思っております」
「いや、そうではない。その……あなたがリフテス国王でいらっしゃる……と?」

 ゼビオス王は信じられないと首を横に振る。

「はい」
 お父様はニッコリと笑った。

「国王……?」

 ゼビオス王はもう一度、確かめるようにお父様に言う。

「はい、お恥ずかしい話ですが、私は長い間とある者に囚われており、外に出ることが叶わなかったのです。外交は代わりの者が表立って行っておりましたが……?」

 シンディ王妃様が目をパチクリとさせ、お父様、お母様、そして私を見比べる。

「似ているわ……そして、皆可愛い……」

 シンディ王妃の獣耳はフニャりと折れ、青い目は溶けそうなほど細められた。

 ゼビオス王の横に並ぶカイザー様の目は、お父様に釘付けになっていた。どう言う訳か、熱の孕んだ様な黄金の目が輝いている。

「う、美しい……好みだ……私の女神……」

 カイザー様の言葉を、シンディ王妃が慌てて嗜める。

「カイザー、なんて不敬な事を言うのですか! この方は王様、男性なのですよ……男性?」

 話しながら、シンディ王妃様は首を傾げた。
 それを見たお父様が、申し訳なさそうな顔をする。

「ああ……やはり、私の髪が長い所為で女性だと思われたのでしょう? やはり短くしておけばよかったかな。申し訳ありません、不愉快に思われたでしょう?」

 その言葉を聞いたシンディ王妃様とカイザー様は、まるで揃えたかの様に首を横に振る。

「そんな事はありません!」
「ダメです! 切ってはいけない、絶対に!」

 そう声を上げたカイザー様は、恋焦がれる様な視線をお父様に向けている。


 獣人は、匂いに敏感だ。(と、思う)
 だから、男性か女性かという事はすぐに分かるはず。

 なのに……。

 カイザー様が突然、お父様の前に片膝を立て跪き、右手を差し出した。

 黄金の獣耳はピンと立ち、同じく黄金の尻尾はスッと上を向く。

 全てが黄金のカイザー様の熱い眼差しが、お父様へと真っ直ぐに向けられる。

 体からキラキラと光が発せられ、すごく眩しい。

「私とあなたは運命的な繋がりがあります。どうか、私と結婚して下さい。どんな事があろうとも、私はあなたを生涯掛けて幸せにして見せます」

 どこからか、花びらがこれでもかと降り注ぎ、広間にはあっという間に、花びらの絨毯が出来上がった。

 えっ? 結婚?……プロポーズ?

 ……カイザー様って男の人が好きなの?


 いや、待ってお父様は結婚しているのよ?
 だって私のお父様で、横にはお母様もいるのに?
 確か、獣人ってそういうの見えるよね?

 混乱する私の横には、「アレクは素敵だものね」と微笑むお母様と、まさかの事態に驚き目を見開くお父様がいる。

 もちろん、お父様はすぐに断りを入れた。

「私はすでに結婚をしているのです。申し訳ないが、カイザー王子様と結婚する事は出来ません」

 美しい笑みを浮かべるお父様。

 その場でガックリと項垂れたカイザー様の獣耳は力無く伏せられ、尻尾はダラリと下がった。

 それを見たマフガルド王が、突然ガハハと声を出して笑い出した。

 今まで、全く女性に興味を持たなかった理想の高いカイザー王子が、初めて心を奪われて求婚までしたのはリフテス国王(男性)だったからだ。

 それに、自分の愚かさにも、笑うしかなかったと、実際に会ったリフテス王は話に聞いていたリフテス国王とはほど遠い人物だった、ひとしきり笑った後、胸の内を話したゼビオス王はお父様に真摯に謝りを入れていた。

 この事がキッカケとなり、ゼビオス王とお父様は互いに打ち解け合う事ができた。

 これまでの思い違いや、国王としての考え方、これからの国の在り方などを話し合うお父様と、ゼビオス王。

 その隣では、お母様とシンディ王妃様が楽しそうに話をしている。

 話の過程で、私の身柄はリフテス王国へと正式に戻る事になり、降伏の証として決められたシリル様との結婚の話は、白紙となった。

 仕方ない……のかなぁ……。

 シリル様との結婚の話がなくなり、落ち込む私を見たゼビオス王は、同じくお父様に結婚を断られ、深く落ち込むカイザー様に話をされた。

「カイザーよ、お前が見たリフテス王との『運命』の繋がりは、国王としての事だろう」

 何の事だと、目を丸くするカイザー様。

「は? 父上、国王とは?」

「お前がマフガルド王国の世継ぎだ。クジを引いただろう?」

 ゼビオス王はニヤリと笑う。
 横に座るシンディ様はコクリと頷いた。

「えっ、あれはこの国を訪問する者を選ぶだけではなかったのですか⁈」

「あれは、後継を選ぶ為のクジだったのよ。話せばシリルは引かないと言うでしょう? リラと結婚したいのだから、ね?」

 シンディ様は、ニッコリと笑みを浮かべると、私の前に立ち、真剣な表情を向けられた。
 その横に、ゼビオス王も並ばれる。

「リフテス王国王太子であられるリラ殿下、改めまして、マフガルド王国第三王子シリルとの婚姻を結んで頂きたく存じます」

 シンディ王妃はドレスの裾を持ち上げ、一礼する。

「シリルと結婚してやってくれないか?」

 砕けた言い方をしたゼビオス王の、ニッと笑った口元には白い牙が見えた。

(……本当に? 私、シリル様と結婚できるの?)

 ゼビオス王とシンディ王妃の尻尾が、ふわふわと揺れる。

 お父様とお母様も微笑んでくれている。

 私は、嬉しくて涙が出てきそうになるのをグッと堪えて、ドレスの裾を持ち恭しく一礼をした。

「はい、喜んでお受けいたします」
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