ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

決まり

 マフガルド王ゼビオス陛下とシンディ王妃、カイザー様は一週間ほど滞在されることになった。

 マフガルド王国には、まだ七人も王子がいる。それに元王族であるラビッツ公爵もいる。王が不在でも、公務は滞りなく行われ、全く心配はないらしい。

 三人がリフテス城に滞在され、二日が過ぎた昼間、メリーナが転移魔法を使いリフテス王国へと戻ってきた。

「マーガレットが心配だから早めに戻ってきたの。リラ、シリルを連れて来なくてごめんなさいね。でもね、シリルはマフガルド王国でしなくてはならない事があるのよ」

 そう話したメリーナは、私の頭を子供みたいに撫でた。

(シリル様は一緒じゃないの? って顔を私はしていたのかな……)


 メリーナが来ると、ゼビオス王とお父様は、私とシリル様の結婚について話しをはじめた。

 これまでは、第三王子と第七王女の結婚だった為に結婚後は爵位を与え、マフガルド王都に住まわせるの予定だったらしいが、今回私が世継ぎとなった事で随分と変わるらしい。

 話し合いの最中、アレクサンドルお父様が後々はシリル様をリフテス王国の王として迎えたいのだと告げた。

「王配ではなく? それで、リフテス王国はよいと?」
「問題はありません。今までが、このリフテスの瞳を持つ者が治めてきたに過ぎないのです。……それに、これで魔力を持つリフテス王が誕生するでしょう?」

 お父様は悪戯な笑みを浮かべる。

「…………いや、しかしシリルは獣人で、リフテス人ではないのです。それでもアレクサンドル様はよいと仰られるのか?」

 驚いて話すゼビオス王に、お父様は大きく頷いた。

「私は、これまでのリフテス王国とは違う、開けた新しい国を作りたいと思っているのです。そこに人だ獣人だという隔たりを作りたくはない。
しかしながら、シリル殿下がリフテス王となるのは、まだ先の話です。しばらくは私が王としてこの国を治めていきます」

 そう話し微笑むお父様に、ゼビオス王は目を丸くしているばかりで、中々頷いてくれなかった。

「……本当の事を言いますと、リラでは心配なのです」と、お父様が瞳を潤ませながら上目遣いで話す。

 お父様はゼビオス王より小柄だ。だから必然的にそうなるのだろう。

 それを見たゼビオス王の顔は赤く染まり、尻尾をブンブン振りながら「そう言う事ならお受けします」と言葉を返した。

 側に座り話を聞いていただけのカイザー様まで、熱い眼差しをお父様に向け「私が必ず受けさせます」と答えている。

 二人の返事を聞き、嬉しそうに微笑むお父様。

 そんなお父様を見るカイザー様は、耳をきゅうんと折、尻尾をふるふると振っていた。

「何なの? カイザー……もしかしてアレクサンドル様を? えっ?」

 事情を知らないメリーナは、カイザー様に冷ややかな目を向けていた。





 両国での話し合いの末、私とシリル様の結婚には、いくつかの決まりが作られた。

 まず、結婚式は半年後となった。

 既にマフガルド王国の方で準備をされていたらしいが、それは取り止められた。
 此度の結婚は、王子と王女の結婚ではなく、一国の世継ぎの君の結婚となるからだ。

 半年後の結婚式迄に、私は王女として多くの事を学ばなければならない。
 知らない事だらけの私には、かなり大変な事になりそうだ。

 半年で覚えられるかな……不安だ。

 シリル様には、リフテス王国の歴史を学び、マフガルド王国とリフテス王国を転移魔法で行き来できる様になる事が要望とされた。

 そして、彼が転移魔法を自在に使えるようになるまでは、私達は会う事が許されない。

 ……何気に、これが一番辛いかもしれない。







 ゼビオス王様達がマフガルド王国へと戻られてから(ゼビオス王の転移魔法で三人とも帰って行かれました)二ヶ月が過ぎた。

 この間、マフガルド王国とリフテス王国は改めて友好国として関係を結び直し、すぐに国境の見直しと流通の緩和が行われた。

 互いの国の偏見をなくし、獣人と人との結婚を認める法を公認する。

 そこで初めて、リフテス王国王女とマフガルド王国王子の婚約が国民に知らされることとなった。

 獣人を嫌うリフテス王国では、批判的な意見が多いだろうと懸念していたが、それは杞憂にすぎなかった。

 意外な事に、リフテス人は獣人を嫌ってはいなかったのだ。
 普段の性格はとても穏和で、容姿の良い獣人は人気があった。

 もちろん全ての国民がそうではない。
 争いで傷つけられた者達は獣人を嫌っており、元敵国のマフガルド王国王子との結婚を決めた私の事も、快くは思っていない。

 けれどそれは仕方ない事だ、とお父様は言われた。

「リラ、全てが思う通りにはならないよ。ましてや人の心は、簡単に他人が動かせる物ではないからね。その全てを受け入れ、見守り、国民を守るために働く事が王族としての役割だよ」
「はい、お父様」

 実際には、マフガルド王国の方が批判的な意見が多かったらしいが、そこはゼビオス王が上手く取り鎮められた。

 両国間にはいろいろな事があったが、私達の婚約がきっかけとなり、人と獣人との交流は盛んになっていった。

 そして、私の婚約者となったシリル様が注目される様になると、その兄弟であるマフガルド王子様達にも目が向けられ、いつしか彼等の絵姿がリフテス国内に出回る様になった。

 それぞれが違った魅力を持つ美形な彼等は、女性たちからとても人気がある。
 なぜかラビッツ公爵メイナード様の絵姿もあり、一番人気は純白のディオ様で、その次が金色のメイナード様、漆黒のシリル様だ。

 黄金のカイザー様の絵姿は、持っているとお金持ちになる、という別の意味でいろいろな世代から人気が出ていた。

 人気があるのは嬉しいけれど、ちょっと複雑な気分。
 だって、私より綺麗で素敵な女性が現れたら……そんな人はたくさんいるし……。


 こんな風に不安になるのは、シリル様とあの日以来、まだ会えていないからだろう。

 いくつかの決まりが作られた後、私は会えない代わりにシリル様に手紙を書いて、メリーナに頼んで転移魔法で送ってもらった。

 受け取って読んでくれたシリル様は、すぐに返事を書いてくれたらしいけど、何か事情があったらしく、代わりにモリーさんから返事が来た。

 それからずっと、モリーさんと手紙のやり取りをしている。

 ……シリル様、何かあったのかなぁ……。

 モリーさんは丁寧な文章で、シリル様の状況を教えてくれた。

 今シリル様達は『白い男』を閉じ込める塔を作っているみたい。それが思いの外時間がかかっていて、その上転移魔法がどうも上手く出来ないらしい。

 転移は出来るけど……と書いてあるが、詳細は分からない。

 転移は出来るけど? ん?

 それと、番のリングを作ってくれているみたい。
 番のリング……。

 私は何もしなくていいのかな……。

 結婚式まであと四ヶ月。

 ウエディングドレスは、ラビー姉様がデザインし、仕立てていると連絡があった。


 今、私に出来る事は、王女として学ぶ事だけだ。





「なぜだ……」

 シリルは部屋で項垂れていた。


 何度やっても転移魔法が上手くいかない。
 これさえ上手くいけば、リラに会うことができるのに……。


 あんなに『リフテス王国に行く事は許さない、リラとの結婚は諦めろ、他の女と結婚させる』と捲し立てていた父上は、リフテス王国へ行き、アレクサンドル様に会った途端にリラとの結婚を認めた。

 いつの間にか世継ぎも決まっていた。

 それもあのクジで、まさかあれが世継ぎを決める物だったとは……。

(ハズレ(?)を引かなくてよかった。いや、一度は引いたな……)

 とにかく、俺はリラとの結婚を許された。

 ただ、いくつかの決まり事がある。
 結婚式は早くとも半年後、それはいい。リラと結婚出来るのなら、それぐらい我慢する。

 けれど、俺が転移魔法でマフガルド王国とリフテス王国を行き来出来なければリラと会う事は許さないと言われたのだ。


 ……簡単な事だと思っていた。

 父上もメリーナ様もラビッツ公爵も簡単にやってのける。
 彼等と同等の魔力を持つ漆黒の俺に、出来ない訳がない、そう思っていたのに……。

「シリル様、また部屋で裸になられたのですか?」
「違うっ! 転移魔法を使ったんだ!」

 モリーは冷ややかな目でシリルを見ている。

「手紙には書かないでくれ……」
「はい、もちろんです。とても恥ずかしくて書けません」
「……くっ……」

 モリーは、リラと手紙のやり取りをしている。
 きっかけは、リラから送られてきた手紙だ。
 それに、俺は返事を書いた。
 書いてそのままテーブルに乗せていたその手紙を、モリーがたまたま読んだのだ。

 そして、こんな手紙は送ってはいけないと怒られた。

 俺はもう二十一歳にもなるんだ、なぜいつまでも幼い子供のように怒られるのだろう……と思ったが、手紙の内容が余りにも酷いと言われてしまった。

 あれではまるで、報告書でしかないと。
 いや、報告書でももう少し書いてあるはずだ、と。

 ……そうだろうか? 

 リラからの手紙に
【シリル様は、今何をしていますか?】
と可愛らしく書いてあった。だからその返事を簡潔に書いたのだが……。


【リラ・ル・リフテス様

本日、マフガルド王国、晴天。
健康状態、良好。

午前、塔制作、魔法訓練。
午後、魔法訓練、政務、塔制作。
食事、入浴、魔法訓練。

シリル・ドフラクス・マフガルド】

 ……それ以降、モリーが手紙を書いてくれている。

 言葉が足りなかったのか?
 普段手紙など書いた事がないからな……まぁ、仕方ない。
 モリーはリラが大好きだから、本当は手紙のやり取りをしたかったのだろう。

 服を着ながら、シリルはリラを思い出していた。

 金の髪の手触りを、自分に向けられる甘えた様な視線を、あのたまらない匂いを……口づけた柔らかな唇の感触を思い出し、ブンブンと尻尾を振った。

 会いたい……。

 一日も早く会いたいのに……俺のせいで会えない。

『転移魔法』それさえ出来ればリラに会えるのだ。
 父上も「早く会いに行ってやれ」と言ってくれている。


 分かっている。

 ……俺は……。

『転移魔法』は出来る。
 もはや『物』の転移は完璧だ。

 だが何故か、俺自身の転移が上手くいかない。

 いや、転移は出来る。
 しかし、体だけが転移してしまうのだ。

 そう……転移先で俺は全裸になってしまう。

 既に、リフテス王国へも何度か転移している。

 あの時リラに預けて来た『ルル』の下へ……。

 用心の為、夜中にコッソリと……そしてやはり裸の為、すぐに戻る事になるのだ。

 メリーナ様はこうなる事を予想していたのだろうか?
 だからルルを置いていけと強く言われたのか……?

 毎夜驚かせてしまうルルには、昼間に好物を送っている。時々リラへの花も一緒に送るのだが、馬達が食べてしまっているらしく、まだ一度も彼女の手元に届いていない。

 送った花を馬に食べられていると気づいて、リラの下へ直接送った事もある。

 俺とリラとは宿命の繋がりがあるのだ。俺が使える転移魔法は、繋がりを辿り移動する。
 だが、リラの下へ直接物を送ってみようとしても、どうにも上手く出来なかった。

 その事を父上に尋ねると、繋がりが足りていないのだろうと、ニヤッと笑いながら言われた。

 繋がり……繋がり……。

 キスではまだ足りないということか?
 ならば、結婚式まではモリーにダメだと言われているあの事だろうか……。

 結婚式を待たずに繋がりを求めても、構わない気もするが……どうせ俺達は結婚するのだから……いや、転移魔法が出来ない今はそんな事は不可能だ。
リラに会うことすら叶わないのだから。

『全裸転移』を、何としても『着衣転移』にしなくてはならない。

 ただ、転移魔法を使い、裸になるのは俺だけではない。

 俺に出された決まり事を見た兄弟達は、自分達も転移魔法を使える様になりたいと言い出し、覚えた。

 兄弟達は、俺ほどではないが割とすぐに転移魔法を覚え、物ならば転移出来るようになった。

 しかし、自身の転移は兄弟達も難しいらしく、成功者は四人。
 着衣状態での転移魔法は、誰一人として成功出来ていない。

 四人全員が全裸転移になっている。

 練習として兄弟間で転移する訳だが、突然隣に全裸の兄弟が現れるのは気分が悪いものだ。

 はぁ……どうして服が脱げるのか……謎だ。


 一日も早く成功させ、リラに会いたい。

 ……リラ。

「リラ……裸じゃダメだよな……」
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