湖面に写る月の環

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巨大な湖を回るように逃げる三人。その後ろを追う、黒い影――うわんたち。命がけの追いかけっこに、声援を送る事すらままならない。
(頑張って……!)
負けないで。捕まっちゃわないで。
そんな言葉を思うことしかできない自分に、嫌気が差す。せめて彼女たちの誰かが足を踏み外した時、助けられるようにと必死に追いかける。
「真偉!」
「⁉」
――刹那。カクンと白魚の彼女の足が力なく折れる。
(危ないっ……!)
どさりと投げ出された体は、幸い湖に落ちる事はなく草むらに投げ出される。しかし、安堵したのも束の間。後ろから追って来るうわんたちの声はどんどん彼女たちに近づき、牙を剥く。白魚の彼女を見て、ほくそ笑むうわん。ぐわりと大きく口を開け、襲い掛かった。
(逃げて――!)
見ているのが怖くなり、ぎゅっと目を閉じる。しばらくしてゆっくりと視線を上げれば――白魚の彼女は無事だった。朝紀が命がけで助けたのだ。
「逃げるよ!」
「え、あ」
「早くっ!」
「う、ん……!」
急かされるがまま、白魚の彼女は立ち上がる。震えている足を叱咤して、彼女は走り出した。大きな影が頭上に差し込んできた。見上げて確認する時間も無くて、私は引き摺られるように前へと進む。慣れない足元は、不安しかない。
――まさかこれが人生で初めての鬼ごっこになるとは、思いもしなかった。

「はあっ、はあっ……!」
(くる、し……っ!)
慣れない足元の不安定さに不格好になる走りは、決して速いとは言えない。それでも捕まらないのは、案外相手が遅いのか、それとも遊ばれているのか。どっちにしろ、長い間は持たないことは明白だ。
(も、無理っ……いき、できなっ……)
「だ、大丈夫⁉」
「二人とも早くっ!」
「追いつかれるよ!」
肺が痛い。喉が痛い。息が腹の底で溜まっているような気がして、気持ち悪くなってくる。吐いているのに、吐き切れていないかのような、そんな感じ。無意識に腹部に回した腕は自分でも頼りなくて。朝真の声がどこか遠くに聞こえ、自分の呼吸すらどこか遠くに聞こえ始めた。
(ま、ずい……っ)
「真偉っ!」
瞬間、ガクリと揺れた視界に咄嗟に手を前に出す。だが、その努力も虚しく私は膝を強打し、倒れ込んでしまう。支えようとした腕は何故か力が入らなかった。――限界だ。
「真偉、大丈夫⁉」
「マジ⁉」
「ご、めん……」
「そんな事より早く立って!」
三人が必死の形相で手を差し出してくれる。しかし、既に酸欠で動かすことが出来ない身体は、日常的な運動不足も伴って微塵も動く余裕は無くて。
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