湖面に写る月の環

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(こんな時だけ現実的なのやめてよ……っ)
必死に動かす足は、もう小鹿のようで走ることは難しいだろう。それだけで、すべてを悟るには十分だった。
「……もう、いいよ」
「えっ?」
「私の事は、おいてって」
自然と出た言葉に、私は静かに俯いた。悔しいような悲しいような心情が、心に溜まっていく。けれど、これだけはわかる。――自分は確実に足手纏いだ。
「なに、言って」
「もう、走れないの」
「そんな事言わないで、ほら、立ってよ」
「……ごめん」
ずるりと朝真の手から抜け落ちる腕。べしゃっと落ちた腕は無様に地面へと叩きつけられる。肩を起こそうとする彼女たちの手を払う。嗚呼、手が痛い。
「みんなだけでいいから、逃げて」
「そんなこと出来るわけないじゃんっ!」
「いいからっ!」
(お願いだから……)
自分のせいで誰かが死ぬのを見たくない。逃げてと呟いた声が、ノイズのような音にかき消された。
「うっ……!」
「み、みが……っ!」
『マテ、マテェ』
「あたま、割れる……!」
ガンガンと脳を揺るがす音に、頭がおかしくなりそうだ。それは自分だけではないようで、目の前でしゃがみ込む彼女たちも耳や頭を押さえている。その表情は苦痛に染まっていて、私はもう遅かったのだと悟った。

「――真偉ッ!」
劈くような声が脳天を突き抜ける。あまりの痛みに目を開けば、見えた光景に息を飲んだ。
「「「――朝紀ッ!!」」」
自身よりもはるかに大きな赤い線が、彼女の背中を焼く。ジュワッと聞こえた音は、皮膚を、肉を、焼く音だった。
「いやああああ――ッ!!」
生まれてから初めて上げる悲鳴は、全身を針のように突き刺し、喉の奥からとげを纏って出ていく。全身が悲鳴を上げるが、叫ぶのを止められなかった。
(朝紀が……朝紀がっ!)
背を焼かれた彼女の体が、ゆっくりと落ちてくる。圧し掛かるように落ちてきた体は、脳を揺るがすほど大きな痛みに目を閉じたくなるが、必死に瞼をこじ開ける。彼女の体を抱き留めれば、朝紀と目が合ったような気がした。
「よ……かった……」
「っ!」
(よかったって、何よ)
ふっと色を失っていく瞳に、私は何もできなかった。ずるりと力を失い、滑り落ちていく腕。重くなる体は、彼女の体から意識が抜けた事を明確に表していた。
私は絶望に動けなかった。自分の体が無理矢理何かに変化している事も、彼等の存在が私たちを狙った人間の物であることも、わかっていたのに。これが夢であって、本当の事ではないとわかっているのに。
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