湖面に写る月の環

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ふと思い出すのは、幼かった頃の話。まだ小学生にも上がっていない時に聞いた御伽噺は、岡名から聞かされたものだった。──主人公の女の子が夢の中で人魚になって悪者と戦うお話。足がなかったのはそういうことだったのか、と納得する反面、聞いていた御伽噺よりも遥かに恐ろしい目にあったことに泣きそうになる。御伽噺は所詮、御伽噺でしかないのだと言われているようで。
「ご、めんなさ……」
――ごめんなさい。
そう呟いた瞬間、景色は暗転した。次に目を覚ました時にはもう、そこは現実だった。
ゆっくりと体を起こし、いつもと同じ気配のする部屋をぐるりと見回す。何も変わらない、現実の世界。それでも何か変わってしまったことは明白だった。
「もう、嫌よ……」
(──夢の中でくらい、救ってくれてもいいじゃない)
小さく呟いた弱音は誰にも拾われないまま、小さく転がり落ちていった。――一部始終を見ていた、飛魚一匹を除いて。

秋を越え、冬に足を突っ込んだ夜空の下。一人の青年がぼんやりと縁側に腰かけていた。思い出すのは、親友の困ったような顔。
「――嘘じゃないんだけどなぁ」
ぽつりと呟いた声は、誰にも届くことはない。青年――ちゅう秋は盆の上で控えていた湯呑を持つと、ずずっと啜る。飲んだ後に茶柱を気にするのを忘れた事を思い出したが、直ぐにそれも霧散する。
――陰陽師の末裔だと告げた瞬間、驚いた顔をした友の顔は正直見物であったと言うしかない。困惑と驚愕と、それから疑念と。そのすべてを一つの皿に歪に乗せたかのような顔をしていた彼は、しかし否定する言葉一つ言わなかった。そこが好ましい反面、うやむやにされているのは気分がよくない部分でもある。
(まあ、彼なら問題ない気はするけどね)
まだまだ修行中の身である自分は、未だ『陰陽師』という職を名乗れていない。しかし、目の前で起きている出来事を放置できるほど、人間を辞めている自覚は全くなかった。
「うわんにホウソウシ、ね」
――ホウソウシ。彼等にはこっくりさんの上位互換として話したが、本当は違う種別のものだ。というか、そもそも彼は生きた人間である。彼の正体は、『鬼』である。節分の時期に出てくる鬼を退治した彼は、鬼の最期の呪いにより彼自身が鬼とされてしまった。最初はかなり抗っていたらしいが、最近は人格まで取り込まれてきているという。今回の件を知って、当家は封印するための準備を進めていたのだが。
「厄介な奴らに掴まったね、彼も」
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