婚約者の浮気相手が子を授かったので
 ふと思い返す。それでもクラウスの婚約を続けていたのは工場で働いている人たちを守りたかったからだということに。
 ファンヌがいなくなってしまった今、彼らはどうしているのだろうか。
 彼らのことを顧みずにここに来てしまったことに、ファンヌは後悔し始めた。
 そしてその気持ちはどうやら隣のエルランドに気づかれてしまったようだ。夕日によってオレンジ色に染め上げられたエルランドは「どうかしたのか」と声をかけてくる。
 言うべきか言わぬべきか。彼と繋がれた手に、ぎゅっと力を込めるファンヌ。
「口にしないと伝わらないときもあるだろう? それに口にすることで、心が晴れることだってある」
 先ほどファンヌがエルランドに伝えた言葉でもある。そして、エルランドの気遣いが足されている。
「私。自分のことしか考えていませんでした。リヴァスの『製茶』の工場で働いていた人たち。彼らは大変な作業をしていたにも関わらず、彼らに何も伝えることなく、ここに来てしまったので……」
「ああ、なるほど。だが、それは心配には及ばない」
「え?」
 ファンヌは驚いてエルランドの顔を見た。彼の後ろには沈みかけの夕日が見える。
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