婚約者の浮気相手が子を授かったので
 むにゅっと胸が潰れる感覚があった。それでも泥だらけの地面に転ばなかったのは、エルランドの手がその胸を支えてくれたおかげだ。
 ザザーっと、ファンヌに雨が当たった。
「え?」
 驚いてエルランドの方に顔を向けると、彼も頭から雨をかぶっていた。
「す、すまない。魔法が解けた」
 解けた原因がなんであるのか、ファンヌにはわからないが、足が地面から浮いたのはエルランドがファンヌの身体を抱き上げたからだ。
「屋敷はすぐそこだから、このまま君を抱きかかえて走る」
 ざぁざぁと音を立てて激しい雨が降る中、ファンヌはエルランドの腕の中にいた。
 ほんの少しの時間だった。何しろ本当に屋敷は目の前だったのだ。急いでドアフードの下に入ると、ファンヌはやっとエルランドから解放された。彼はドアベルを鳴らし、使用人を呼ぶ。
「すまない、ファンヌ」
「いえ。ちょっと驚いただけです」
「早く身体を温めないと、風邪を引いてしまう」
 そこへカーラが大きなタオルをいくつも持って現れた。このような雨の日であるから、主人が濡れて帰ってくることを想定していたのだろう。
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