婚約者の浮気相手が子を授かったので
「あらあら。急いでお湯の準備をいたします。まずはこちらで身体をお拭きください」
 カーラにタオルを手渡されても、絞るくらいに濡れている衣類にはあまり効果があるとは思えなかった。少しでも滴る水滴を減らすために、ファンヌはスカートの裾を絞る。
 パサリと大きなタオルを肩からかけられた。一枚、二枚。
「それでは、エルさんの分がなくなってしまいます」
「オレは大丈夫だ。それよりも、君の方が心配だ。ただでさえ体調が優れなかったというのに」
 ドアフードの下である程度水滴を絞ってから、エントランスに入った。
「エルランド様。お風呂の準備が整いました」
 カーラは追加のタオルをエルランドに手渡す。
「先に、ファンヌを」
 タオルを受け取ったエルランドは、先にファンヌの身体を温めるようにと指示を出した。
「ファンヌ様。こちらにいらしてください。すぐに身体を温めましょう」
 カーラに引っ張られるようにして浴室へと連れていかれたファンヌ。冷え切った身体には、適温である湯の温度も熱く感じる。ゆったりと湯船につかりながら、たった数時間の出来事を思い出していた。
 とにかく、胸が痛み、苦しかった。湯船のお湯をすくって、顔を洗ってみるもののすっきりとはしない。それに突然解けてしまったエルランドの魔法。
 何が起こったのか。ファンヌにはわからない。
 身体が芯から温まり、ファンヌの身体から湯気がほくほくと立ち込めた頃、彼女は風呂からあがった。

 それでも残念なことに、その日の夜。ファンヌは熱を出してしまった。
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