婚約者の浮気相手が子を授かったので
「ファンヌ嬢の手つきは、エルによく似ている」
 目を細めながらオスモにそう言われると、思わずファンヌも身体を震わせてしまった。
「そ、そうですか?」
 おそらく、ファンヌの声は上ずっていただろう。
 エルランドに似ていると言われ、嬉しいとも思ったし、恥ずかしいとも思った。エルランドはファンヌが尊敬する『調薬』の師匠でもあるのだ。やはり、師に似ていると言われれば直に嬉しい。だが、婚約者でもある。だから恥ずかしい。
「ああ。エルも向こうできちんと指導ができていたようだな。ああいった性格だから、名が売れて教授にまでなったものの、心配はしていたんだ」
「ああ、なるほど。ですが、先生。他の学生からは一歩引かれていたかもしれませんね」
 リヴァスにいた頃のエルランドのことを思い出す。
 長ったらしい前髪に銀ぶち眼鏡。学生の指導に対しては「ああ」か「いや」しか言わない。その二言から解読したファンヌがフォローするかのように、学生に言葉を伝えていたのだ。
「ファンヌ嬢。そこの手順は、違う。こちらから先に」
 ファンヌがオスモの指導の下に行っているのは、例の『薬』の成分分析である。見るからに『違法薬』である場合と、そうでない場合の分析の手順は異なるとのことだった。
『違法薬』は「違法に使われている薬草が何であるのか」を探るのが目的であるが、そうでないものは「どのような薬草がどれだけ使われているのか」を探るとのこと。薬草と茶葉を掛け合わせて新しい物を作ることを得意としていたファンヌにとって、それとは逆の分析においては経験が不足している。
 だから、オスモやエルランドの指導が無いと行うことができないのだ。
< 199 / 269 >

この作品をシェア

pagetop