婚約者の浮気相手が子を授かったので
「ええ、新しい命を授かるとは神秘的なこと。どうか、アデラ様もご自愛くださいませ」
「本当に憎らしいくらいに良い子ちゃんね」
「えっ」
「何でもないわ。ファンヌ様からの温かい言葉で、私もこの子を産む決心がつきました」
 艶やかな声でアデラが微笑んだ。
「そう。そうなんだよ、ファンヌ。アデラは僕たちのために、この子を堕胎すると言っていたんだ。だが、そのようなことが許されるわけがないだろう? だから僕は、君との婚約を解消して、アデラを正妃にしようと思ったんだ。ファンヌならわかってくれるよね」
「そうですね」
 抑揚の無い声で、ファンヌは答えた。
「だけど。アデラは優しいから。もしファンヌが僕のことを好きであれば、君のことを側妃に迎えてもいいと言ってくれている。そのときは、今のまま婚約は継続させよう」
「いいえ。私はお二人の仲を引き裂くようなことをしたくありません。ですから、どうぞ私との婚約を解消なさってください」
「そ、そうか。残念だが仕方ないな。おい、ジェームス」
 クラウスが侍従の名を呼ぶと、ジェームスと呼ばれた彼が目もくらむような黄金のトレイに一枚の書類をのせ、それをテーブルの上に置いた。その書類は二人の婚約解消のために必要なものである。
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