婚約者の浮気相手が子を授かったので
「ファンヌ。そこにサインを」
「はい」
 ジェームスから羽ペンを受け取ったファンヌは、躊躇いもせずに書類にサインを走らせる。そして、クラウスも同様に。
 羽ペンを置いたファンヌは、アデラを見据えた。
「アデラ様。最後に一つだけ、私の我儘を聞いていただいてもよろしいでしょうか」
「何かしら?」
「最後にクラウス様と神殿までお出かけをさせてください」
「神殿?」
 アデラは不思議そうに眉根を寄せる。「はい」とファンヌは大きく頷く。
「この書類をクラウス様と共に神官長へ提出する許可をいただけますか?」
「そのくらいなら……」
 アデラはクラウスと顔を寄せ合い、ファンヌには聞こえぬ声で二人は幾言かを交わしていた。
「わかった、ファンヌ。今から僕と一緒に神官長の元へ向かおう」
 神官長とは神事を執り行う神官たちをとりまとめている者であり、王宮から少し離れたところにある神殿にいる。この神殿は貴族の婚姻や出生などを管理している。そのため、今、サインをした書類を神殿に提出しなければ意味がない。

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