【コミカライズ決定】婚約者の浮気相手が子を授かったので
 そう口にしたのは、ハンネスなりの冗談のつもりだろうか。だが、そんなおとぎ話があったような気がする。
「陛下が言うには、思い出の香りなんかも効果があるらしい」
 ハンネスはくるりとファンヌに背を向けると、浴室へと向かっていった。
 ファンヌは、調理場にいた使用人たちにハンネスが風呂からあがったら食事の準備をするようにと伝え、エルランドが眠る部屋、すなわち二人の部屋へと向かった。
 今も彼は眠ったままだ。
 完全なる獣化とは、てっきり動物と同じような姿になるものだと思っていた。だが、彼にはどことなく人間らしさが残っている。
「エルさん。そろそろ『種蒔きを告げる鳥』は見ることができますか? エルバーハの花が咲く頃ですか? 一緒に見る約束をしましたよね」
 こうやってファンヌが話しかけても、彼はピクリとも動かない。鼻の下にある可愛らしい髭も、ピクリとも動かない。
 ファンヌはハンネスに言われた言葉を、頭の中で反芻していた。そしてそれをオスモが言っていたのであれば、試してみる価値はありそうだ。
 さて、エルランドとの思い出の香りは何だろう。
『調茶師』であるファンヌにとってはお茶しか思い浮かばない。
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