婚約者の浮気相手が子を授かったので
『教授。兄の私が言うのはなんですが。とりあえず、ファンヌのことは『研究』で釣っておいてください。そうすれば、あとは時間が解決してくれると思います』
 エルランドにとっては追い風だった。オグレン侯爵家の全てが、彼の背を押している。
『いやぁ。実は我々も本日、退職届を突き付けてきましてね。領地に戻ることにしました』
 あっけらかんと報告するヘンリッキにエルランドは目を丸くした。
『そろそろ領地に戻らねばとは思っていたのですが。あのままファンヌだけを王都に残しておくのも不安で。彼女が結婚をして、しばらくしたら戻ろうと思っていたのですがね。まさかの婚約解消。これで私たちをここに縛り付けておく理由が無くなったわけです』
『どうせなら、陛下が戻ってくる前にさっさと戻ろうという話になりましてね』
 ヒルマの微笑む姿は、ファンヌによく似ている。
『私たちの仕事はどこでもできますし、むしろ領民たちの役に立つのであれば、それこそ本望です。まだ父の元で教えていただきたいので、私も父についていくことにしたのです』
 一見、妹と似ていないように見える兄のハンネスであるが、ふっと笑った瞬間はファンヌに似ているように見えた。
『そういうわけです、キュロ教授。どうか娘のことを頼みます』
 彼らはエルランドに向かって深く頭を下げた。エルランドも「お預かりします」と答えた。
『あ。そうそう、キュロ教授。一つ、お願いしたいことがあるのですが……』
 そう言って話を切り出したヒルマ。彼女のお願いしたいことを聞いたエルランドは、間違いなくヒルマはファンヌの母親であると、そう思った。

< 55 / 269 >

この作品をシェア

pagetop