ビター・マリッジ

「あの、別に目立ちたくないとか、そういうわけではないんです。でも、幸人さんにわざわざ来ていただくのは申し訳ないので、私が昼休みにそちらに伺います」

早口で喋る私の話の途中で、幸人さんがふっと息を吐いたような気がする。

「ついでに、一緒にメシでも食うか?」

話し終えたと同時に聞こえてきた幸人さんの言葉に、私は自分の耳を疑った。

「あの、今何かおっしゃいました?」

「あぁ。データを届けに来てもらうついでに、どこかでメシでもどうかと」

聞き間違いなんかではない。それは結婚して……。いや、知り合って初めての、幸人さんからのお誘いだった。

驚いたのと嬉しいのとで、胸が詰まる。

声を出すこともできずに、USBを強く握りしめていると、電話口の向こうで空気が揺れた。

「仕事が忙しければ、無理にとは言わない。食事はまたの機会でも――」
「いえ。大丈夫です。幸人さんとのランチ、楽しみにしてます!」

感極まった私の長い沈黙が、幸人さんを誤解させたらしい。

ランチの誘いがダメにならないように、私は急いで幸人さんの言葉を遮った。

「昼休み、幸人さんのオフィスに着いたら連絡します」

「あぁ、待ってる」

返ってきた幸人さんの声が、電話越しなのに少し柔らかかったような気がする。

でもそれは、初めての幸人さんからの誘いに舞い上がってしまった私の幻聴だったのかもしれない。

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