ビター・マリッジ

ドアが開いたタクシーの後部座席に先に乗り込んでいく女性は、この前幸人さんのオフィスで見かけた美人の秘書で、その肩を軽く押しながら後から乗り込もうとしているのは、紛れもなく幸人さんだった。

幸人さんのオフィスと私のオフィスは徒歩で行き来できるくらいに近い。当然、電車の最寄駅は同じだし、駅付近で彼の姿を見かけたとしても全く不自然ではない。

でも、二十一時を過ぎた今から、秘書とふたりでタクシーに乗ってどこに出かけるんだろう。

思い出すのは、幸人さんのオフィスに出向いた日の夜に彼のスーツから漂ってきた甘い花のような香り。

もしかして幸人さんは……。

私が見ていることにも気付かず、幸人さんを乗せたタクシーのドアが閉まる。

発進した車の行き先を想像して顔色を失っていると、ぽんっと肩を叩かれた。


「四ノ宮さん? 大丈夫? 顔色悪いよ」

小山くんに声をかけられて、はっとする。

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