ビター・マリッジ
幸人さんが言うように、最近は結婚当初よりも帰りが遅くなる日が増えた。
同期の小山くんに誘われた飲み会には、ほぼ毎回参加しているからだ。
だけど、私が会社の飲み会に積極的に参加するようになったのは、元はと言えば幸人さんのせいだ。
幸人さんが、私が見ていない場所で他の女の人に表情豊かに笑いかけているから。
帰りが遅くなった日には、私の知らない香水の匂いをジャケットにつけて持って帰ってくるから。だから……
心の中でどれだけ不満を言ってみても、幸人さんに伝わるはずがない。
だけど私には、ジャケットに染み付いた甘い花のような香りについて、幸人さんに確認してみる勇気がなかった。
幸人さんが愛しているのが私ではないことは確かなのに、彼が本当に想っている人が誰かを知るのは怖い。
それを知ってしまった瞬間、私の妻としての存在価値が失われてしまう気がするから。
「私は、浮気なんてしてません。私は、モテませんから」
敢えてゆっくりと強調するようにそう言ったら、幸人さんが、ふっと笑った。
嘲笑でも冷笑でもない。なぜか楽しげにほんの少し口角をあげる幸人さんを見て、私は眉を顰めた。