エリートSPと偽装婚約~守って、甘やかして、閉じこめて~
青ざめながら駆けつけた支配人に経緯を説明し、バトラーの彼にも謝罪をして場をおさめる。
防犯カメラなどで確認すれば、犯人がわかるだろうとのことだ。

すべてが落ち着くと、部屋にはわたしと慧さんだけが残った。

「詩乃、大丈夫か?」

慧さんが後ろを振り返る。
わたしは慧さんが各所に連絡を取り処理を進める間、子供のようにずっと背中にくっついていた。

(全然大丈夫じゃない)

バトラーの彼については勘違いだったのに、まだ震えが止まらない。背中に額を押しつけて、ぐりぐりと首を振る。

「詩乃、ちょっとだけ手を離して。これじゃあ、君の顔が見えない」

困った声が頭の上から降ってきた。
ゆっくりと抱きついていた力を緩めると、即座に振り返った慧さんにすぐに抱きしめられる。今度は胸に顔を埋めた。

「……ああ詩乃!! 何事も無くてよかった」

ぎゅうと包まれたとき、それまで我慢していた涙腺が決壊した。もう大丈夫だと思えた。

怖かった。もう嫌だ。わたしばかりどうして。
渦巻いた気持ちは言葉にはならない。代わりに嗚咽が漏れた。

「うぅ……」

「悪かった。ひとりにするなんて、どうかしていた。俺はまた同じ過ちを……」

慧さんのせいじゃない。
手紙なんて、防ぎようがない。ルームサービスだってホテルの人は本物の従業員だった。
犯人は梧桐の名前を語っていたのだから、わかるはずがない。

「違うの。わたしがーーーー」

喋るともっと泣けてきた。
電話にでていいかな。
ルームサービスを部屋に入れていいかな。
防ぐチャンスは幾度かあった。
迷惑になろうと、メールでも電話でもして確かめるべきだった。
そうすれば、こんな風にはならなかった。

同じ失敗を侵しているのはわたしなんだ。

慧さんのスーツを握りしめた。彼のシャツは涙とシワでくしゃくしゃになった。

「詩乃、悪かった。今日はもう帰ろうか。このホテルでは、もう気持ちが休まらないだろう。自宅が一番安心できるんじゃないか?」

違う。
一番安心できるのは、自室でも家族の元でもない。慧さんのそばだ。

(ずっとこの腕の中にいたい)

そう思ったら、とてもはしたないことを口走っていた。

「いや。帰りたくない。このままずっと抱きしめていてーーーー」

背伸びをして、首に腕を絡める。
慧さんは驚いていた。
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