Macaron Marriage
* * * *

 翔は足取り軽く、今朝はレストランの中は通らずにあえて遠回りをして玄関から入ることにした。

 思わず顔がニヤついてしまうが、中で待っているであろう男に悟られないようにしなければならない。

 それにしても……なんて甘い夜だったんだろう。あんなに長いことキスをして、正直なところよく我慢したなと自分を褒めたいくらいだ。いや、胸にキスしてしまったから完全に我慢が出来たわけではないが、それでも一線を越えないように堪えた。とりあえず萌音が寝てからトイレに駆け込んだが。

 彼女の息遣い、香り、上気した表情。もう少しそばにいたかったし、本当はもっと触れて体中にキスの雨を降らせたい。考えるだけで興奮してしまう。

 ようやく念願の萌音の恋人になることが出来たし、今はキスだけだとしても、俺のライバルは俺自身。萌音を最後に射止めるのはこっち側の俺なんだと気合が入る。

 正面玄関に到着してドアの鍵を開けると、部屋の中からコーヒーの良い香りが漂ってくる。ダイニングに入ると、カウンターキッチンの中でコーヒーを淹れていた元基が翔に気付きニヤリと笑った。

「オーナーってば朝帰りですか。さぞかし熱〜い夜を過ごしたんでしょうねえ」
「まぁ素敵な夜だったことに間違いはないね」
「そう思って、朝からお赤飯炊いちゃったよ」
「……ここに華子さん二号がいた……」
「ん? 何のことだ?」
「いや、独り言。俺にもコーヒーくれる?」

 翔がカウンター席に座るのと同時に、コーヒーの入ったマグカップが置かれる。

「ありがとう」
「で、どうだったの?」

 熱々のコーヒーに口をつけながら、翔はまるで聞こえなかったかのように目を閉ざす。

「内緒。何でお前に言わないといけないんだよ」
「……はっはーん。さてはまだやってないんだ」
「俺はそんな野獣じゃないんでね」
「で、何もせずに一晩一緒にいたわけ? 拷問じゃん。よく我慢出来たな」
「それが彼女からの条件だったし……まぁ何もしなかったわけでもないしね。ようやくここまで来たのに、それをぶち壊すようなことはしないよ」

 きっとカフェで毎日のように会っていた頃でも、彼女はここまで心を開いてくれなかったに違いない。紗世さんの働きかけが大きいのは明らかだが、それだけではないはず。

「……やっぱり萌音自身に俺を選んでもらいたいな……」
「なんだよ、唐突に」
「いずれ結婚するからとかそういうことじゃなくて、婚約者より俺を選んで欲しいって欲が出てきた。今まで自分で未来を切り拓いてきた萌音に、婚約者なんか捨てて、俺自身との未来を望んでほしいって思ってるんだ」
「……へぇ、そんなに好きなんだ。じゃあそうなることを俺も陰ながら祈ってるよ」

 元基の言葉に微笑むと、二人は静かにコーヒーを啜った。
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