Macaron Marriage
 部屋のドアを開けると、暖かい空気を肌に感じて翔はホッと安堵の息を吐く。

「暖かい……」
「体冷えちゃったよね。何か暖かい飲み物でも淹れて……」
「この部屋にいれば大丈夫」

 まるで『どこにも行くな』と言われているような気がして、胸がくすぐったくなる。

 二人でベッドに腰を下ろすと、翔は愛おしそうに萌音の髪に触れる。その感触が心地良くて目を伏せると、唇に優しいキスが降ってくる。

「ずっと萌音に触れたかった……。付き合い始めると、自分の欲望のストッパーが壊れたみたいに君に触れたくなるんだ」
「それは私も……」

 そこまで言いかけてから萌音は立ち上がって、サイドテーブルの上に置いてあったリボンのかかった小箱を手に取ると、再び翔の隣に座った。

「あの、これ……翔さんにプレゼント」
「えっ、俺に?」

 驚いたように小箱を開けると、中からは色とりどりのマカロンが現れる。

「マカロンだ。フランス生まれのお菓子だね。でもいきなりどうしたの?」

 萌音は不思議そうに首を傾げる翔の顔をじっと見つめると、マカロンの箱を持つ彼の手にそっと自分の手を重ねる。

「きょ、今日は翔さんに話したいことがあってね、だからマカロンを買って来たの!」
「そうなんだ……話ってどんなこと?」

 一度深呼吸をしてから、萌音はゆっくりと口を開いた。

「私ね、翔さんのことがずっと好きだった。だからこうして付き合うことになってすごく嬉しいの。一緒にいるとすごく幸せだし、毎回ドキドキもしてる。でもね、理由はわからないけどなんだかモヤモヤもしていた……」

 翔は表情を変えずに、静かに萌音の言葉に耳を傾けている。

「だけど今日ね、ドレスを受け取りに来たご夫婦を見ていて、ようやくこのモヤモヤの理由がわかったの」
「どんな理由だったの?」
「私、今まで自分がやりたいことをやってきたじゃない? 翔さんに背中を押してもらったことが大きかったけど、一人で渡仏だって出来たの。なのに今の私は父との約束を守るためだけに生活をしているみたい……自分の手で未来を切り拓いてきた私らしくないって思っちゃったの」
「うん……それで?」
「だからね、どんな未来になろうとも、私は私らしく生きていきたいって思ったの」

 それから二人の手の中にあるマカロンに視線を落とすと、萌音は穏やかに微笑んだ。
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