片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
舞い込んだ縁談


 今年も記録的な猛暑を記録した夏が終わりを迎え、乾いた秋風が心地が良く感じられる今日この頃。私は両親と共に、都内某所のホテルを訪れていた。

 落ち着いたアイスブルーのハイネックワンピースの裾をふわりと揺らし、歩き慣れない高さのハイヒールを履く。

 ふかふかの絨毯の上を歩いて、高級感溢れるレストランの入口へ到着すると、小さく深呼吸を繰り返した。

「緋真(ひさな)、大丈夫? せっかく綺麗にしてるんだから、笑顔でね」
「う、うん」

 母にはにっこりと微笑まれたが、自分でも口元が引きつるのを感じながら、作り笑いを浮かべるのが精一杯だった。

 椹沢緋真(くぬぎざわ ひさな)、二十九歳。これまでとある個人的な事情で恋愛とは無縁な生活を送ってきたが、アラサー最後の年に突如縁談が舞い込んできた。そして本日、とうとう顔合わせの日を迎えてしまい朝から呼吸が浅いのだ。

 そして、緊張している理由はもうひとつ。お見合いだけならまだしも、その相手というのが父が勤める会社『神花(かんばな)リゾート』の社長息子というのだから、身分不相応な自分に戸惑っていた。

 神花リゾートは、ホテルや旅館の運営を中心に、国内外でレジャー事業やブライダル事業を行う総合リゾート企業である。父は東京の本社にて、ホテル・レストラン事業部長を務めており、社長とも業務上での繋がりが多いという。

 はじめはお見合いなんて堅苦しいものには興味がなかったし、縁談の話を聞いた際に断ろうと思っていたくらいだ。しかしながら、父の面子の為にも無下にはできなかった。

「そう硬くならなくて大丈夫だ。見合いだなんて畏まってはいるが、社長と会うのも初めてではないだろう? それに、緋真が嫌なら断っても構わないんだから、気楽にな」
「わかってるけど……」

 神花社長とは、会社の祝賀会や社員旅行へ家族として招待された際に、何度かお目にかかったことがある。と言っても私が小さいころの話で、ほとんど記憶はないのだ。

 今回の見合いに関しては、神花社長と父の間で“流れ”で決まったというのだから、少し腹立たしい気持ちもあった。こんな大事な話が、どうやったら流れで決まるのか、と。

 その上、昔から私の気持ちを一番に優先してくれた両親のことだから、今回のお見合いに関してはしっくりきていなかった。

 ――本当に、なぜ娘に相談もなく勝手に決めてしまったのだろう。

 いずれにせよ、ここまで来てしまった以上は、今更後戻りなどできない。

 覚悟を決めて胸に手を当てると、レストランの入口をくぐった。
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