片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜

 ホテルの最上階にあるフレンチレストランは、全面ガラス張りになっており、東京の景色が一望できるようになっている。ちなみにここも、神花リゾートが運営しているホテルのひとつだ。

 優雅にランチを楽しむ人々を横目に、案内されるがままに進んでいくと、奥の重厚な扉の前まで案内される。スタッフが扉を開くと、そこは広い個室になっており、既に到着していた神花家の視線が私たちに集中した。

「おお、椹沢くん。悪いね、休日に時間を使わせてしまって」
「いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、この度はありがとうございます。娘の緋真です」
「ご無沙汰しております」

 父の紹介を受け、気を引き締めて簡単な挨拶を交わし合う。

「ああ、緋真ちゃん。久しぶりだね。……と、もうちゃん付けは失礼かな」
「そんな、お気になさらないでください」
「そうかい? じゃあそのままにさせてもらおうかな」

 そう言って口元を緩めたのは、白髪交じりの短髪にラウンドメガネをかけた男性。気さくな雰囲気を醸し出す陽気な笑顔には覚えがあり、もう何年もお会いしていないというのに、彼が神花社長であることはすぐにわかった。

 その横には、神花社長夫人と思われる女性が立っており、私たちに丁寧に会釈をした。身に着けているものは、見た目からはブランドものかどうかもわからないが、ひとつひとつに高級さを感じる。年齢としては母よりいくつか上だと聞いていたが、その年齢差を感じさせない若々しさだ。

 そして――
 一度部屋を見回してみるが、目の前にいるのは神花社長と夫人のみ。

 戸惑っている私に、神花社長が困ったように眉を下げた。

「息子は仕事の電話が入ったみたいでね。こんな大事な時に申し訳ない」
「いえいえ、とんでもございません! お忙しいでしょうから仕方ないですよ」
「今日は呼び出しもないと言っていたんだけどね」

 父親同士の会話を聞きながら、事前に聞いていた縁談相手の情報を思い出す。

 確か、神花社長の息子は……

「そろそろ戻ってくると――」

 神花社長が声を上げたまさにその時、再び個室の入口のドアが開く。

 音のほうへ目を向けると、ダークカラーのスリーピーススーツを身に纏った男性が立っていた。
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