片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 自分の部屋に荷物を置いてリビングへ降りると、食卓にはすでにお茶と先ほどのお菓子が並べられていた。

 母に促されるままに椅子につくと、母は「それで」と話を切り出した。

「伊織さんと喧嘩でもした?」
「え――」
「さっきからぼうっとしてるし。上手く行ってるの?」
「……たぶん」

 数時間前までは、上手く行っていると言いきれた。だけど智美さんに会ってから、胸のざわめきが消えてくれない。

「あんなに素敵な方と結婚できたんだから、迷惑かけちゃダメよ? 夫婦なんだから、喧嘩のひとつやふたつあるだろうけど」
「わかってる。喧嘩とかじゃなくて……その……」

 智美さんが言っていた、火傷のこと。母に聞けば何か分かるかもしれない。
 確か、伊織さんとは幼いころに会ったことがあると言っていたから。
 
「あのさ、私と伊織さんって、昔会ったことあるんだよね?」
「え? ええ……」
「それっていつのこと? どこで?」
「どうしてそんなこと、急に……」

 私が食い入るように尋ねると、母は困ったように眉を寄せる。まるで、これ以上は聞いてほしくないというように。

「教えてほしいの。私の火傷の痕と伊織さん、何の関係があるの?」

 毅然とした態度で問えば、母の瞳が揺れる。その表情から、伊織さんが無関係でないことは明らかだった。

「ある人に言われたの。伊織さんは、私に怪我を負わせたことに責任を感じて結婚したって」
「誰がそんな――」
「ただ真実が知りたいの。私だけが何も知らないなんて気分が悪いし。ちゃんと伊織さんとも話すから、お願い」
「それは……」

 本来なら伊織さんに直接聞くべきことだとはわかっているが、あいにく彼は不在だ。

 母は言い淀んだあとで、諦めたように息を吐いた。

「……いつかは気付くことだものね」
「それじゃあ……」
「緋真の言う通り、その火傷は伊織さんと一緒にいるときに負ったものよ。あなたが四歳のころだったかしらね……」

 遠い昔を思い出しながら、母がぽつりと語り出す。私は何も言わず、ただ母の言葉に耳を傾けた――

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