片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 緋真には言えなかった、医師になりたいと思った理由。それは紛れもなく、緋真のためだった。

 きっかけは、彼女と初めて出会った日まで遡る。幼いころの記憶なんてほとんどないのに、あの日のことだけは今でも昨日のことのように、ずっと脳裏に張り付いているのだから。






 あれは俺が七歳のとき。箱根に新しく神花リゾートのホテルがオープンし、その祝賀会についていった先で緋真に出会った。

 祝賀会と言っても当時子供だった俺には退屈な行事でしかない。社長である父は挨拶回りで忙しく、母はまだ赤ん坊だった弟に付きっきり。そのため、俺は会場で暇を持て余していた。

 大人たちが作り笑いを浮かべるのを横目に見ながら歩いていると、前から走ってきた何かにぶつかる。それは小さい女の子で、あろうことか俺の目の前で尻もちをついてしまった。

「い、たい……」
「ごめん、大丈夫?」

 すかさず手を出すと、少女がクリクリとした目を丸くしている。ふわふわの水色のチュールワンピースに白い肌が浮かんで、一瞬妖精かと思ってしまった。

 この子は確か――

「ひさな」

 こちらから尋ねる前に、少女が名乗る。父の部下である椹沢さんの娘だった。

「ひさなちゃん。おれはいおりだけど……」
「知ってる。さっきお父さんが教えてくれた」
「そっか……会場で走ったらあぶないよ」
「ごめんなさい」

 言いながら、俺の手を取ることなく自力で立ち上がる。
 三つ下とは聞いていたが、あまりにもしっかりしている子だなというのが第一印象だった。

「お父さんたちは?」
「二人とも忙しいから、近くにいればいいって……」

 ああ、この子も退屈なんだな。
 それでもって、親に気を使っているのだ。

 その頃の俺は、弟ができたこともあり、なんとなく“兄”をしたくて、彼女に対しても面倒を見なきゃという気持ちがあったのだと思う。

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