片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 それもあって「じゃあ一緒に遊ぼうか」と声をかけたら、小さい緋真はこくりと頷いた。

 もちろん遊ぶといっても会場内では限られていて、彼女が退屈しないようにいろんな話を投げかけてみた。何を話したかまでは今となっては覚えていないけれど、あまり期待した言葉が返ってこなかったことだけは覚えている。

 そして、ひとつだけ食いついた質問があったことにも。
 
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「ここで食べたごはん、ぜーんぶ美味しかった」
「全部?」
「うん、だからお家でも食べたいんだけど、あんなにたくさんどうやって作ってるんだろう……あのお皿、ひさなの家のお鍋より大きいのに」

 そう言ってビュッフェボードの上を指す。
 急に饒舌に話し出したことで、この話題が彼女のど真ん中に入ったと幼いながらに気付いた。

「……じゃあ、見てみる? おれ厨房の場所知ってるよ」
「ちゅう、ぼ……?」
「シェフが料理を作ってるところ。見てみたい?」

 自分だって会場から出ないようにと言われているくせに、つい得意げになって尋ねてみた。こんなことも知ってるんだ、っていう子供ならではの自慢だ。

 しかしながら緋真は目を爛々とさせて「みたい!」と身を乗り出してきたものだから、もう後には引けなかった。

 そしてその笑顔があまりに可愛くて、柄にもなくドキッとしたのだ。
 


 大人たちの目を盗んで会場を抜け出すのは、想像以上に簡単だった。関係者ばかりが集まるホテル内、多少好き勝手しても問題ないと、気が緩んでいたのかもしれない。

 「見つかると危ないから」なんて言って、彼女の手を引いてホテルの厨房へと向かう。場所を知っていると言ったのは建前で、正確にはどこにあるかわからなかった。それでもビュッフェテーブルが出てきた場所だけは幸い覚えていて、その方向へと進んでいった。

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