片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「俺は緋真が好きだ。過去のことは関係ない。今の緋真が好きなんだ」
「っ……」
「緋真は、俺のことどう思ってる? 親の立場を考えて受けた縁談だった? それでも構わないから、正直に言ってほしい」

 初めて聞いた、伊織さんの本心。ずっと彼の気持ちがわからなかった。
 私が負い目を感じないようにしてくれているのはわかる。しかしながら彼の言葉は、信じるに値するものだった。伊織さんの瞳は、ちっとも嘘をついていないのだから。

「私は……」

 そして、彼に問いかけられて気付かされた。私だって、自分の気持ちを伝えたことがない。伊織さんの本心がわからなくて、自分ばかりと、怖かったのだ。

「……私も、伊織さんが好き。お見合いで会ったときから、惹かれてたのも一緒だよ」
「本当に?」
「嘘なんかつかないよ。ずっと、伊織さんも私のことを想ってくれたらいいのにって思ってた」

 いつもほしい言葉をたくさんくれるのに、「好き」と直接的な言葉をくれないことが不安だった。どこか距離があるのがもどかしかった。私に触れないことで毎晩寂しさを募らせた――それらの感情は、紛れもなく伊織さんが好きだから生まれたものなのだ。

「……なんだ、お互いに一目惚れしてたんだな」
「そ、そうなるのかな……?」
「ああ。こんな風に不安にさせるなら、もっと早く話しておけばよかった」

 伊織さんの手が頬に触れる。慈悲を含んだ瞳に、胸がとくんと鳴った。

「もう一度言うよ。俺は緋真が好きで、誰よりも愛しい存在だと思ってる。この気持ちだけはこの先も変わらない」
「……うん。私も伊織さんが好き」

 言い切ると、伊織さんの腕の中に抱きとめられる。
 そのまま額へ優しいキスを落とし、彼は穏やかに微笑んだ。

「もう遅くなるから、夕飯にしようか」
「そうだね……ありがとう、ご飯作ってくれて」
「どういたしまして。口に合うかはわからないけど」

 そう言って、ダイニングテーブルのほうへ手を引かれ立ち上がった。
 
 お互いに言えていなかった気持ちを伝え合うことができた。
 誰がどう見ても、今この瞬間は、ハッピーエンドであるはずなのに……。

 未だ、胸の奥で何かがざわついている。その正体がわからない以上、伊織さんに話すこともできなくて――そっと、胸の奥にしまい込んでしまった。
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