モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
第十章 戦火は突然に

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それからさらに三日が経過した。グレゴールは、相変わらず屋敷へは戻って来ない。

 所在ない私は、マリアとアンネを招いて、自室でネイル談義をしていた。マリアは二十歳、アンネは十九歳と、比較的年齢が近いこともあり、私たちはすぐに打ち解けた。今や、互いに名前を呼び捨て合うくらいだ。

「ハルカの新しいデザイン、面白いわね」

先端だけを緑色に着色した私の爪を、アンネは珍しそうに眺めた。

「元いた世界では、フレンチネイルという名称だったのよ」

例の劇場のメイク担当者にリクエストして、施してもらったのだ。最近仕立てたドレスの色に合わせたつもりだが、この控えめなデザインをチョイスしたことが、今の私の憂鬱を証明している気がした。

「私は、ちょっと物足りないわ。素敵なグリーンなのだから、面積を広くしてはどうかしら?」

 マリアが口を挟む。おや、と私は思った。

「そういうデザインも人気だったわよ? 逆フレンチ、というの」

「やるじゃない、マリア」

 感心したようにアンネに見つめられ、マリアは得意げに胸を張った。

「興味のあることは、積極的に研究したいわ……。ハルカのおかげで、ファッションのバリエーションが増えて、楽しくて仕方ないの。爪を飾るのがこんなに面白いとは、思わなかったわ」

「指先が華やかだと、気持ちも明るくなるわね」

 アンネも同意する。それは私も同感だった。しかも日本にいた頃は、男性ウケを気にしたデザインに偏っていた。今は、様々なデザインを自由に試せるから、余計楽しい。

「私たちだけでなく、他にも爪の装飾を依頼する女性は増えているらしいわよ?」

「そうなの?」

 何と、と私は目を見張った。

「ええ。今、かなりのブームが来ているわ。乗っからないのは、カロリーネ様くらいじゃない?」

「というより、そもそも恥ずかしくて公の場に出られないのよ」

 マリアは小気味よさげに笑ったが、アンネは何かを考え込む素振りをした。

「どうかしら? 確かに舞台役者との関係はスキャンダルだったけれど、カロリーネ様がそんな繊細な方かしらねえ……。いえね、小耳に挟んだのだけれど。最近カロリーネ様は、ハイネマン公爵と頻繁に会ってらっしゃるとか。それでお忙しいという説もあるわ」

「――何ですって?」

 私は、思わず身を乗り出した。グレゴールは、王女誘拐事件の対応で忙しく、屋敷にも帰れないのではなかったか。それなのに、カロリーネと会う暇はあったというのだろうか。しかも、彼女のことは嫌っているはずなのに……。

「ハイネマン公爵が、ベネディクト殿下のお屋敷を訪問されるところが何度も目撃されて、噂になっているのですわよ」

 私のグレゴールへの想いなど知る由も無いアンネは、けろけろと喋っている。

「エマヌエル様とは、あの通り犬猿の仲ですし、他に理由が考えられませんでしょう?」

「確かに、そうねえ」

 マリアまでが頷く。

「カロリーネ様、ずっとハイネマン公爵にご執心でしたものね。公爵も、ついに降参したのじゃありませんこと?」

 血の気が引いていくのがわかる。だが二人の手前、平静を装わないといけない。慌てて取りつくろおうとしたその時、やや乱暴なノックの音がした。返事の前に、扉が開く。メルセデスだった。蒼白な顔をしている。

「失礼。でも三人とも、よくお聞きなさい。ロスキラ軍が、イルディリアへ攻め込んできたわ。あっという間に、王都へと迫っています」

 私たちは、一斉にぽかんと口を開けた。

(攻め込んで……? つまり、戦争ということ……?)

「マルガレータ王女誘拐事件はイルディリアの仕業だろう、もう同盟など結ぶものか、と激高しているのよ。……とにかく、マリア嬢、アンネ嬢は、ご自分たちのお屋敷へ早くお帰りなさい」
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