モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

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 笑顔で話しかけると、農民たちもにこやかに答えた。

「おお、お客人の方」

「お出かけですか? 何も無い場所ですから、ご退屈でしょう」

「ハルカ、と申します。空気は気持ち良いし、快適ですよ」

 好意的な反応にほっとしつつ、私は答えた。

「しばらく、こちらの地域でお世話になるので、よろしくお願いします……。今は、収穫作業をなさっているのですか? 大変ですね」

 無造作に盛られた大量の生姜を眺めながら労うと、彼らはいやいやとかぶりを振った。

「慣れた仕事ですからね。それに、領主様が何かとご配慮くださるので、助かっていますよ」

「そうそう! 労働環境は整えてくださるし、税金だって抑えていただいていますから」

 私は、感心した。

「そうなんですね」

「ええ。ここだけの話、他領と比べても、生活はかなり楽な方だと思いますよ。ありがたい限りです」

 農民たちは、心底グレゴールに感謝している様子だ。先ほど見てきた、領民たちの柔らかい表情からも、それは確信できた。

「それは何よりです……。それにしても、収穫現場を見られるなんて、感慨深いですわ。いえ、実は私、生姜を用いた新しいメニューを王都で広めていまして。割と好評なのですよ」

 ほう、と農民たちは目を輝かせた。

「どんな料理なんです?」

「紅生姜といいまして……」

 作り方を説明すると、彼らは興味深げに聞いていたが、牛肉料理と、パンまたは米に合わせるのだと告げると、表情は一転曇った。

「それは、俺たちでは無理ですねえ」

「肉なんて、滅多に食べられるものじゃないですから」

 そうかあ、と私は肩を落とした。いくら他領よりは裕福とはいえ、肉が行き渡るところまではいかないのだろう。

「米もねえ。戦争が終わって、ロスキラと良い関係が築けるようになったら、手に入るかもですけどねえ」

 本当にそうなればよいなあ、と私は思った。それにしても、せっかく紅生姜に興味を持ってくれたのだから、他に紹介できるレシピは無いだろうか。あれこれ考えを巡らせるが、お好み焼きなどの付け合わせのイメージしかない。

(あ、そうだ。紅生姜の天ぷらはどうだろう?)

 私は、途中ではたと思い出した。関西で人気だ、とテレビで観た記憶がある。思い切って紹介すると、農民たちは意外にも喜んだ。

「油で揚げるのか! そりゃ美味そうだ」

「女房に言って、作ってもらうとするか。作り方、教えてやってもらえます?」

「ええ、もちろん……」

 張り切って頷いていた私だったが、その時ふと、生姜畑の片隅で、女性がうずくまっているのに気付いた。何だか顔色がよろしくない。

「大丈夫ですか?」

 私は、駆け寄って声をかけた。

「ありがとうございます。ご心配無く。農作業をしていると、いつもこうなるんです」

 女性は、脚をさすっている。

「もしかして、脚、冷えます?」

「はあ。なるべく温かくはしているんですけどねえ……」

 外で作業していたらそうなるだろうなあ、と私は思った。おまけに、この地域は気温が低めときている。

「女性は、下半身を冷やさない方がいいんですけどねえ……。獲れた生姜、食べてます? 体が温まりますよ」

 せっかくこんなに獲れるのだからと思ったのだが、女性からは意外な言葉が返って来た。

「クッキーやプディングで、美味しくいただいてますよ」

「え、お菓子だけですか? 他のお料理では?」

 私はきょとんとしたのだが、女性はかぶりを振った。

「男どもは、ジンジャービールを飲みますけど。使い方といったら、それくらいですかねえ」

 まあ、と私は眉をひそめた。日本では生姜といえば、体を温める効果があるからと、様々なレシピが開発されていたというのに。

(よし、決めたわ)

 私は、大きく頷いた。この領内の人たちに、色々な生姜料理を教えてあげよう。あんかけ、スープ……。材料は手に入るだろうか。少しだけ役に立てそうな予感がして、私はわくわくしてきたのだった。





それからというもの、私はハイネマン家の別邸に領民の女性たちを招いて、様々な生姜レシピを伝授するようになった。男性陣には紅生姜の天ぷらがウケたようだが、女性たちの一番人気は、シンプルな生姜湯であった。

「甘いし温まるし、いいですねえ。こんな使い方があったとは」

 女性らは、口々に言った。

「それに最近、農作業をしていても体が楽なんです。生姜効果ですね」

「うちの子も、これがお気に入りでね。風邪気味だったのが、けろっと治ったんですよ」

 喜んでもらえている様子に、私はほっと胸を撫で下ろした。すると一人の女性が、とんでもないことを言い出した。

「ハルカ様が領主様の奥方になられたら、いいのにねえ? ご婚約者ではないなんて、残念」

「ええ!? いえ、私なんて……」

 私は目を剥いたのだが、他の女性たちも頷き合っている。

「お綺麗だしお優しいし、何より、私どものことを考えてくださっていますもの」

「そうですよ。でも、一時滞在されているだけなんですよね? となると、いつかは帰られてしまうんですね……」

「……まあ、そうですね」

 側妃になるにせよ仕事を持つにせよ、いずれはハイネマン邸から出て行かなければいけない。そうなれば、このハイネマン領ともお別れだ。

 そこで私は、ふと王都のことに思いを巡らせた。ここへ来て五日になるが、戦況に関する知らせは、まだ入らない。

(戦争、一体どうなっているのかしら……)

 グレゴールは、無事なのだろうか。屋敷を守っている、メルセデスやヘルマンたちも心配だ。榎本さんも、どうしているのだろう。自分一人が、ここでのんきに料理をしていていいのだろうか。

(でも、皆喜んでくれているし。私は、私にできることをやるしかない……)

 改めてそう決意すると、私は自分を鼓舞したのだった。

 

 

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