キスだけでは終われない
祖父は8年前に社長から会長になり、今は取締役会などの予定がなければ出勤しないことの方が多い。そして、重役出勤とはよく言ったものだと思うくらい、こうして夕方や午後に出勤しては呼び出す、という感じにかなり自由に過ごしている。

昔は厳しい鬼社長だったという人もいるようだが、今はそんな姿は想像出来ない。

今日は何の用事で呼び出されたのか…。
どうせ夕飯を一緒に食べよう、とか言われるんだろうな、そんなことを考えていたら終業時間になった。

帰り仕度をして最上階の重役フロアまで行き、秘書課で声を掛けてから会長室に向かう。

会長の孫であることは公にはしていないので、知っているのは取締役と秘書課の人たちなど一部の社員だけなので、こうやって呼び出されると少し挙動不審な動きになってしまう。

人付き合いは苦手で普段から大人しくしていることもあり、帰りがけに私に声を掛けてくる人はまずいない。後はどう気配を消しながら退社する人の流れと違う動きをして行けるかなんだけど、今まで誰かに聞かれたこともないので、バレていないのだと思う。

そして、会長室の扉の前でノックをすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。

扉を開け部屋に入り、ソファーに座る祖父に声をかける。
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