秋恋 〜愛し君へ〜
「いらっしゃい、どうぞ」
髪はポニーテール。服はブルーのストレートジーンズに、手触りの良さそうな薄手の白いセーターで迎えてくれた。首周りから覗く見えそうで見えない鎖骨が俺の急所を激しく掴んで離さなかった。
「お邪魔します」
コンロの上のフライパンには火がかかっている。テーブルにはアジアンティックなランチョンマットに陶器のグラス、箸、スープスプーンが並べられてあった。そして、なんとそのワンセットだけ左利き用にセッティングされていたのだ。彼女は右利き、そして俺は、そう、左。
「そこに座って待っててくれる?もうすぐできるから」
キッチンからソファーを指差した。
「テレビも勝手につけちゃって、リモコンはテーブルの下に置いてあるから」
俺はソファーに腰掛け高ぶる気持ちを紛らすのにテレビのスイッチを入れた。ちょうどニュース番組で天気予報をやっていた。
〜台風13号は勢力を保ったまま九州に接近中、太平洋側は・・・・〜
「台風こっちにも来んのかなぁ?」
俺は独り言のように呟いた。
「台風⁉︎」
シックな器にスープを注ぎながら彼女は言った。
「九州に接近中だそうです」
「え⁉︎」
彼女は慌てて手を止め、テレビのすぐ前にしゃがんだ。
「このままじゃ直撃ね」
「そうみたいですねぇ、なんがあるんですか?」
慌てた様子が引っかかり聞いてみた。
「実家、宮崎なの」
彼女はテレビから目を離さずに答えた。
「宮崎だったんですか⁉︎」
俺は少しばかり驚いた。宮崎県と言うのは南国で小麦色に日焼けした人たちがサーフボードを片手にビーチを歩いて海岸沿いの道路ジープが風を受けて走っている。そんなイメージを持っていたから。彼女はどうしてもそのイメージに当てはまらない。サンサンと照りつける太陽には全く無縁と言って良いほどの素肌をしているからだ。
「そうよぉ、宮崎県の綾町ってところ。そこで生まれ育ったの」
そう言うと彼女は立ち上がってキッチンへと戻り盛り付けを始めた。
「宮崎出身なんてちょっと意外です」
「そう?どうして?」
「いや、なんとなく」
「とってもいいところよ。暖かくて、山や緑もたくさんあって。それに空気がすごく綺麗だしね」
「行ってみたいなぁ」
〜あなたも一緒に〜ちょっと期待して言ってみた。
「長谷川くんは宮崎に行ったことないのね」
「ないです」
「そっか、じゃぁ是非行ってみて。人ものんびりしてるし、きっとリフレッシュできると思うから」
期待したのがバカだった。
「そうだ!あの日、長谷川くん何か用事あったんじゃないの?」
「え?」
「だって、確か小田急線じゃないよね?」
「えっ!」
俺は慌てた。
「あ、あぁ、あの日は思いつきで、路線変えてみようかなぁと思って、たまたま。そう、たまたま。俺ん家小杉だから南武線でも帰れるんですよ」
「そうだったの?南武線だったら登戸で乗り換えだもんね」
「そ、そうです。気分転換っていうやつ」
「ごめんなさいね、せっかくの気分転換だったのに。でも、本当に助かったわ、長谷川くんがいてくれて」
「べ、別にそんなことないですよ、全然」
よく言うよ、後つけてたくせに。
「さっ、出来た!」
彼女が料理を運ぼうとしていたので、俺も手伝いますと言い立ち上がると
「ダメよ。大切なお客様に手伝いなんかさせられないわ」
俺の両腕をつかみ無理矢理ソファーに座らせた。
『大切な』嬉しい。『お客様』悲しい。複雑な気持ちだった。
料理が次々と運ばれてくる。ガラステーブルの上はあっという間にいっぱいになった。野菜のたくさん入ったスープ、ポテトサラダ、完熟の冷やしトマト、炊きたての白ご飯、そしてデミグラスソースのかかったハンバーグ。どれもセンスよく盛り付けられていた。
「お待たせしました。どうぞ召し上がれ」
俺は床にあぐらをかき、体勢を整え手を合わせた。
「いただきます」
ここはやっぱりハンバーグからだな。俺は思いっきり口に入れた。頬張った俺の顔を彼女はじっと見つめた。
「なんと…美味い!」
俺の母親は料理が得意な方ではない。ハンバーグは中まで完全に火を通すためだろう、焼き上がったときには外側が焦げすぎてカチカチになっている状態だ。おまけにソースはケチャップと決まっている。姉貴の作ったやつなんかもっと酷い。だからいつもの感覚で口に入れた。でもそれは俺の舌を見事に裏切って、とても柔らかかったのだ。デミグラスソースも口の中でじわりと広がり、ホテルで出しているものとと同じくらいの味だった。決して言い過ぎではない。
「本当に?よかったぁ」
緊張した彼女の表情は、みるみるうちにほぐれていった。本当にお世辞抜きでうまかった。
スープも、ポテトサラダも感激するほどうまかった。俺は「美味い美味い」と自分でも知らず知らずのうちに何度も言っていたようで
「そんなに何度もおいしいって、頑張って作った甲斐があったわほんと嬉しい」
彼女は俺の顔を見つめて微笑んだ。
俺は完食した。残す理由がない。
「あー、美味かった。ごちそうさまでした」
「どういたしまして、コーヒーでも淹れるわね」
彼女は空になった器を満足そうな表情で片付け始めた。彼女がコーヒーメーカーのスイッチを押すと、やがてコーヒーの香りが部屋中に広がってきた。食器棚からカップを取り出そうとしている彼女に向かい
「樹さんって、非の打ち所がないですね」
俺なりの褒め言葉だった。
俺は照れ臭そうに顔を赤らめる彼女を想像していた。でも、それとは全く逆だった。
髪はポニーテール。服はブルーのストレートジーンズに、手触りの良さそうな薄手の白いセーターで迎えてくれた。首周りから覗く見えそうで見えない鎖骨が俺の急所を激しく掴んで離さなかった。
「お邪魔します」
コンロの上のフライパンには火がかかっている。テーブルにはアジアンティックなランチョンマットに陶器のグラス、箸、スープスプーンが並べられてあった。そして、なんとそのワンセットだけ左利き用にセッティングされていたのだ。彼女は右利き、そして俺は、そう、左。
「そこに座って待っててくれる?もうすぐできるから」
キッチンからソファーを指差した。
「テレビも勝手につけちゃって、リモコンはテーブルの下に置いてあるから」
俺はソファーに腰掛け高ぶる気持ちを紛らすのにテレビのスイッチを入れた。ちょうどニュース番組で天気予報をやっていた。
〜台風13号は勢力を保ったまま九州に接近中、太平洋側は・・・・〜
「台風こっちにも来んのかなぁ?」
俺は独り言のように呟いた。
「台風⁉︎」
シックな器にスープを注ぎながら彼女は言った。
「九州に接近中だそうです」
「え⁉︎」
彼女は慌てて手を止め、テレビのすぐ前にしゃがんだ。
「このままじゃ直撃ね」
「そうみたいですねぇ、なんがあるんですか?」
慌てた様子が引っかかり聞いてみた。
「実家、宮崎なの」
彼女はテレビから目を離さずに答えた。
「宮崎だったんですか⁉︎」
俺は少しばかり驚いた。宮崎県と言うのは南国で小麦色に日焼けした人たちがサーフボードを片手にビーチを歩いて海岸沿いの道路ジープが風を受けて走っている。そんなイメージを持っていたから。彼女はどうしてもそのイメージに当てはまらない。サンサンと照りつける太陽には全く無縁と言って良いほどの素肌をしているからだ。
「そうよぉ、宮崎県の綾町ってところ。そこで生まれ育ったの」
そう言うと彼女は立ち上がってキッチンへと戻り盛り付けを始めた。
「宮崎出身なんてちょっと意外です」
「そう?どうして?」
「いや、なんとなく」
「とってもいいところよ。暖かくて、山や緑もたくさんあって。それに空気がすごく綺麗だしね」
「行ってみたいなぁ」
〜あなたも一緒に〜ちょっと期待して言ってみた。
「長谷川くんは宮崎に行ったことないのね」
「ないです」
「そっか、じゃぁ是非行ってみて。人ものんびりしてるし、きっとリフレッシュできると思うから」
期待したのがバカだった。
「そうだ!あの日、長谷川くん何か用事あったんじゃないの?」
「え?」
「だって、確か小田急線じゃないよね?」
「えっ!」
俺は慌てた。
「あ、あぁ、あの日は思いつきで、路線変えてみようかなぁと思って、たまたま。そう、たまたま。俺ん家小杉だから南武線でも帰れるんですよ」
「そうだったの?南武線だったら登戸で乗り換えだもんね」
「そ、そうです。気分転換っていうやつ」
「ごめんなさいね、せっかくの気分転換だったのに。でも、本当に助かったわ、長谷川くんがいてくれて」
「べ、別にそんなことないですよ、全然」
よく言うよ、後つけてたくせに。
「さっ、出来た!」
彼女が料理を運ぼうとしていたので、俺も手伝いますと言い立ち上がると
「ダメよ。大切なお客様に手伝いなんかさせられないわ」
俺の両腕をつかみ無理矢理ソファーに座らせた。
『大切な』嬉しい。『お客様』悲しい。複雑な気持ちだった。
料理が次々と運ばれてくる。ガラステーブルの上はあっという間にいっぱいになった。野菜のたくさん入ったスープ、ポテトサラダ、完熟の冷やしトマト、炊きたての白ご飯、そしてデミグラスソースのかかったハンバーグ。どれもセンスよく盛り付けられていた。
「お待たせしました。どうぞ召し上がれ」
俺は床にあぐらをかき、体勢を整え手を合わせた。
「いただきます」
ここはやっぱりハンバーグからだな。俺は思いっきり口に入れた。頬張った俺の顔を彼女はじっと見つめた。
「なんと…美味い!」
俺の母親は料理が得意な方ではない。ハンバーグは中まで完全に火を通すためだろう、焼き上がったときには外側が焦げすぎてカチカチになっている状態だ。おまけにソースはケチャップと決まっている。姉貴の作ったやつなんかもっと酷い。だからいつもの感覚で口に入れた。でもそれは俺の舌を見事に裏切って、とても柔らかかったのだ。デミグラスソースも口の中でじわりと広がり、ホテルで出しているものとと同じくらいの味だった。決して言い過ぎではない。
「本当に?よかったぁ」
緊張した彼女の表情は、みるみるうちにほぐれていった。本当にお世辞抜きでうまかった。
スープも、ポテトサラダも感激するほどうまかった。俺は「美味い美味い」と自分でも知らず知らずのうちに何度も言っていたようで
「そんなに何度もおいしいって、頑張って作った甲斐があったわほんと嬉しい」
彼女は俺の顔を見つめて微笑んだ。
俺は完食した。残す理由がない。
「あー、美味かった。ごちそうさまでした」
「どういたしまして、コーヒーでも淹れるわね」
彼女は空になった器を満足そうな表情で片付け始めた。彼女がコーヒーメーカーのスイッチを押すと、やがてコーヒーの香りが部屋中に広がってきた。食器棚からカップを取り出そうとしている彼女に向かい
「樹さんって、非の打ち所がないですね」
俺なりの褒め言葉だった。
俺は照れ臭そうに顔を赤らめる彼女を想像していた。でも、それとは全く逆だった。