夫婦間不純ルール
予想もしなかった夫の言葉に、私は自分の耳を疑った。もしかしたらこの言葉は私が岳紘さんからそう言われたいと思うあまり、勘違いしたのではないかと。驚いて返事を出来ないままでいた私に、彼は少しだけ目を伏せてかろうじて聞き取れるほどの声で呟いた。
「俺が待っていたら、迷惑だったか……?」
「! そ、そんなわけない。私はただ疲れてるだろうと思って」
考えてみれば私が岳紘さんよりも遅く帰宅したことなど、結婚してから一度か二度あるかどうかくらいだ。それだって深夜になる前には帰って来ていた、今回のように彼が寝る時間より遅くなるかもしれないのは初めてだ。
私が帰るまで起きて待っている、その理由を聞きたいがまた期待して裏切られるのは辛い。それが私のわがままだとしても、中途半端に望みを持たせるのは彼の悪いところだとも思ってしまう。
「じゃあ、待っている。俺がそうしたくてしている事だから、雫は気にしなくていい」
「でも、岳紘さん……いいえ、ありがとう」
彼が一度こうと決めたら、割と頑固な性格だと言うことは長付き合いで分かっている。理由もなく断り続ければ岳紘さんもいい気はしないはずだと思い、私は素直に彼の待っているという言葉に頷いた。
正直な気持ちを言えば、少しだけ嬉しかったのだ。大した理由はなくても、岳紘さんが私を待っていると言ってくれたことが。ずっと彼を待つばかりだったけど、今回の言葉で夫がほんの少し自分を見てくれた気がして。