仮面夫婦とは言わせない――エリート旦那様は契約外の溺愛を注ぐ
「お迎え、わざわざいいのに」
「時間が空いたからね」

助手席に乗り込むと、若菜が滑らかに車を発進させる。彼女は私の高校からの友人で主婦。私が料理研究家として忙しくなってから、スケジュール管理やメディアとの折衝などのマネージャー業務を担当してくれている。一応、私が雇用している格好だ。

「どうだった? 打ち合わせ」
「いつも通りよ。クールでスタイリッシュ、お店で出てくるようなキラキラ系料理を求められるから、そういったレシピの企画書を持ち込んだだけ」
「まあ、夕子の売りだもんね、そこが」

私はふうとため息をつく。確かにそう。私の売りは見た目重視のおしゃれレシピなのだろう。

「ねえ、昨日あげた動画、再生数あんまりよくないよね」
「あー、夕子はあんまりそういうの気にしなくていい……とは言いたいけど、実際いつもの雰囲気と違うから、サムネとタイトルで敬遠してる視聴者は多いかも」

若菜はこういったときに気を遣わずに話してくれるからいい。私はため息をついて先日あげたばかりの動画をスマホの画面に表示させる。

桜澤夕子のクッキングチャンネルは動画サイトにおいて登録者100万人を超える人気チャンネル。しかし、今回の動画の再生数はどう見ても他の動画より伸びが悪い。

「お袋の味……駄目なのかな」
「お袋の味はみんな好きよ。桜澤夕子にそれを求めていないってだけで」

今回私がアップしたのは大根と豚肉を使った甘辛煮。ごはんが進むあまじょっぱい味と、豚の脂がこってりとのった茶色一色の動画だった。普段のスタイリッシュレシピでないのはすぐにわかるだろう。
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