仮面夫婦とは言わせない――エリート旦那様は契約外の溺愛を注ぐ
史彰はテーブルにある伝票を手に私を立ち上がらせた。

「行こう、夕子」

うつむく後藤アナは悔しそうに唇を噛み締めていた。

「史彰、大丈夫?」
「ああ、佐田プロデューサーはユウヒテレビ本局の人で、彼女よりずっと上の人だから」
「結構はっきり拒否してたし、また週刊誌やネットに情報流されて、あれこれ言われちゃわない?」

タクシー乗り場にやってきた一台に乗り込む。史彰は余裕そうに微笑んだ。

「俺が録音した音声は、彼女からしたら一番外部流出を避けたいものだよ。どんなに否定しても、あれが彼女の声なのは視聴者にはよくわかるだろうからね。上司の覚えも悪くなり、さらに週刊誌に既婚者を誘う様子が報じられたら彼女も終わり。避けるためには、もう黙るしかない」
「なるほど」

私は頷きつつ、やはり史彰は周到で賢いのだとしみじみ思った。普段、ほんわかしたところばかり見ているから……。

「史彰、来てくれてありがとう」
「夕子ひとりでも完勝だとは思ってたけど、一応ね。それに完全に俺が巻き込んだ形だろ。放っておけないよ」

そう言って困ったように笑う彼は、いつもの彼。
私は彼の脇腹を肘でついた。

「今朝はそっけなかったのに」
「あれは……! えっと、なんか……。ああ、駄目だ。適当な言い訳が出てこない!」
「弁護士なのに?」
「弁護士だから、大事な人への言葉はきちんとしたいんだよ」

史彰はさっき言った。『彼女を愛していないとでも?』その後、なんと続くのだろう。後藤アナに対しての言葉だったから、当然都合のいい言葉を駆使しただけ。
わかっているけれど、それだけじゃない気もする。

愛していると言葉にしてしまうには、あまりにも性急すぎる。
そんな何かが私と彼の中には育ち始めているのだ。


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