激情を秘めたエリート外交官は、最愛妻を啼かせたい~契約結婚なのに溺愛で満たされました~
 ひとりで歩いていると、大きな犬と目が合った。
 黒いつややかな長めの毛並みに、鼻のあたりから胸までが白いたれ耳の犬。
 バーニーズマウンテンドッグだ。

 ゲージの前で私がしゃがむと、その犬はぷいっとそっぽを向いてしまった。
 でもこちらに耳を向け、私を意識しているのがわかる。

『とてもかわいい子ですね』

 近くにいた老婦人に英語で話しかけると、彼女は『そうでしょう』と微笑んだ。

 彼女は白髪をうつくしくまとめ、鮮やかな色の服を上品に着こなしていた。
 穏やかな物腰だけど、気品と威厳のある女性だった。

 素敵な人だな。
 人の視線を引きつける独特の雰囲気がある。

『この子は、ご主人様を事故で亡くして保護されたの』
『そうなんですか……』
『ご主人様はもう帰ってこないのにずっと自宅から動かなくてね。今でもあまり心を開いてくれないのよ』
『そっか。それは悲しかったね』

 優しい声で話しかけると、黒い瞳がこちらに向いた。
 うかがうような表情で私を見上げる。

『私も両親を事故で亡くしたんだよ。突然会えなくなるなんて、寂しくてすぐには立ち直れないよね』

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