囚われのシンデレラ【完結】


 もう何も言葉にする気力はなくて、虚しさだけが残っている。最後に何を言ってあの部屋を出て来たのか記憶にない。

 本社ビルを出る。都会の中心にあるオフィス街は、たくさんの人が行き交っていた。どれだけたくさんいても、私が知る人はいない。

 西園寺さんと最後に会った夜。あの時の西園寺さんの寝顔は、見ているだけで胸が締め付けられるくらい疲れが色濃く滲んでいた。きっと、精神的にも肉体的にも、極限に追い込まれていた時だった。
 由羅さん、斎藤さん、二人が共通して言っていたことは、あの時の西園寺さんが苦しんでいたということ。私もこの目で見たことだから、それは事実だ。
 そんな時に、あんな写真を見せられ、私と柊ちゃんが抱き合っているところを見られてしまった。
 西園寺さんは、信じていてほしいと言ったのに、必ずきちんと話をするからと言っていたのに、私は部屋の鍵を返してしまったんだ。

――もう君を信じることはないだろう。

どんな形であれ裏切ったのだから当然だ。

 いつか、からまった糸が解けて分かり合える日が来るかもしれないなんて思っていた。どれだけ私はおめでたかったのだろう。

『あずさ、どうしようもないほど好きだ』

今でもこの身体に残っている。

『あずさ』

でも、もうあんな風に私を呼ぶこともなければ、抱きしめてくれることもない。

『恨んでもいない。何の感情もないというのはそういうことだ』

西園寺さんの中には、もう何も残っていない。もう、あの頃が戻って来ることはない――。

「あずさ……? あずさ!」

後ろから駆け寄って来る声におもむろに振り向く。

「おまえ――泣いてるのか?」

もう、やめて――。

感情的に柊ちゃんの手を振り払う。

「もうやめて……っ」

分かっている。この人のせいではないということ。でも、今だけは、どうしてもだめだった。

「何かあったのか? あいつだろ……こんな指輪なんか付けさせられて――」

柊ちゃんの顔が滲んで歪む。振り払ったはずの手が、何故か私の左手を強く掴んで自分の方へと引き寄せた。

「頼むから、あいつとは別れてくれ。おまえのことは、絶対に俺が幸せにするから。俺の方がおまえを幸せに出来る」
「やめてよ!」

全身の力を掻き集めて、その手を離す。

「……私は、もう結婚したんだよ」

その場から逃げるように、私は駆け出した。


 何度も何度も斎藤さんの言った言葉が頭の中で繰り返される。その後に思うのだ。どんな思いで、西園寺さんはそばに私を置いているのか。どうして、結婚なんてしたのか。

 左手薬指にはめられている結婚指輪に触れる。

 あの時、西園寺さんの申し出を受けるべきではなかったのか。ここに私がいることで、西園寺さんは思い出したくもない過去を思い出すのではないのか。

 煌くダイヤモンドが私の指を囲う。去来する想いはすべて私を責めるものばかりなのに、どうしてもこの指輪を外せない。

お母さんを助けてもらったから?
契約だから?
それとも、真相を知ってもなお、西園寺さんのそばにいたいと思うから――?

苦しさのあまり、自分の部屋でただじっとうずくまる。

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