囚われのシンデレラ【完結】
バイオリンケースのストラップを握りしめ、立ち止まる。その人は、歩道のガードレールから腰を上げた。
「このコンビニ、ホテルから家に帰る途中にあるから。少し待って出て来なかったら、帰ろうと思っていたところなんだ」
私を、待っていた――?
「どうして、ですか?」
ここは駅からほど近い、多くの人が行き交う歩道だ。夜の7時を過ぎた繁華街は忙しない。人の波から避けるようにガードレールの方へと寄る。その人と向き合う形で立つと、どこか困ったように私を見ていた。私は私で、どうしてこの人が私を待っていたのか、まるで想像出来なくてまじまじと見つめてしまう。
「この間は、無神経なことを言った。何も知りもしないのに勝手なことを言ったと思う」
その人が、「悪かった」と、何故か謝って来た。そのことに更に驚く。
「それを言うために、待っていてくれたんですか……?」
「いや、改めて詫びるようなことでもないかとも思ったし、俺が思うほど気にしていないかもしれないとも思った。でも――」
そこで不意に私から視線を逸らした。
「なんとなく、今日の演奏、元気がなかったような気がして。どうしても気になって」
気にしてくれていたということ――?
それで、こうしてわざわざ謝りに来るなんて。どれだけ律義な人なんだろう。その少し俯き加減の横顔を凝視してしまう。
「とにかく、俺の勝手な発言で嫌な思いをさせたことは謝りたい。申し訳ない」
「い、いいんです。そんな風に謝ってもらうようなことなんてないですから!」
そう改まって謝られると、こちらの方がいたたまれなくなる。
どこか鋭い視線も、言葉に棘があるように感じられたのも、それはきっと悪意があってのものではない。それが、この人の率直な思いなのだ。だからこそこうして、自分に非があったと思えば素直に謝ることが出来る。その真っ直ぐさに、今は胸の奥がじくじくと痛む。
「あの時は偉そうなこと言いましたけど、あなたが言ったこと、間違ってなんかなくて。痛いところを突かれたから、私もムキになったんだと思います」
ふっと息を吐き、苦笑した。
「あなたの言う通り、ろくに練習も出来ないで、音大なんて行く意味ないのかもしれません」
軽い口調で言ったつもりだった。それでも、その人は何も言わずに黙って耳を傾けてくれるから、親しくもないのに胸のうちを零してしまっていた。