囚われのシンデレラ【完結】

何か方法はないか――。一心不乱に社の状況を調べた。
まだ打っていない手があるのではないか。損失を補えるだけの利益を上げるには――。
縁談を断れば損失は残る。それをどうにかしなければならない。現経営陣に任せていたところでろくに考えることもせず、結局は俺の縁談頼みになるのだろう。

でも、22歳の俺に出来る事などなかった。

ただ、家と社の駒になるしか自分の価値はないのか――。

虚しさばかりが募る。肩にのしかかる重圧とこれまで信頼し合っていたと思っていた家族との確執、次々にもたらされるあずさの耳を塞ぎたくなるような話に、確実に心は擦り減っていた。

 それでも俺にはただ一つの光があった。必ずコンサートに行くというあずさとの約束だ。

 演奏の後、あずさの顔を見て、ちゃんと話をして俺の想いを伝えようと思っていた。
 必死の思いで駆け付けたコンチェルトのコンサート。ホールで聴いたあずさの音も舞台に立つあずさの姿も、現実のものだ。会いたくてたまらなかった人がそこにいた。

 演奏が終わり割れんばかりの拍手の中、俺は会場を飛び出していた。
 興奮さめやらぬ胸のまま、ホールロビーであずさを待つ。手にはあずさに贈りたいものがあった。ここへ来る途中に買ったのだ。

 会場から続々と人が出て来る。人ごみの中で、懸命に視線を動かす。その時、会場のガラスの壁越しに、ドレス姿のあずさを見つけた。
 でも。あずさ一人ではなかった。あの男があずさを抱きしめていた。ガラス越しの二人の姿に、足が竦む。

「――佳孝。もう、いいだろ」

背後から聞こえた遥人の声に、どうしてここに遥人がいるのかとか、そんなことを考える余裕などなかった。

「僕が、あずさちゃんに会って来た」
「……え?」

その言葉に振り向く。

「これ、おまえに渡してほしいって」

そう言って差し出されたものに、鋭い痛みを感じる。俺の部屋の合鍵。それは、間違いなく俺があずさに渡した鍵だ。それは、これまでのどんなものより俺を打ちのめした。

「それが彼女の答えだ」

差し出された鍵をただ見つめる。

「僕がおまえの置かれた状況を話した。そうしたら彼女はそれを僕に返して来た。彼を選んだということだ」

あの男の胸に抱き締められているあずさの姿――演奏をし終えて、一番に駆け付けた先があの男だった。

「佳孝とのことはいい思い出にしたいんだよ。一緒にいた時間は、かけがえのないものだったんだろう。おまえを傷付けたくなくて本当のことを言えないでいた。あの子なりにおまえのことは大切だったんだな」

あずさ――。

「彼女のことが本当に好きなら、騙されたままで別れてやれ」
「そんなこと……っ」

本当のあずさは、どこにいる――?

ガラスの向こうであの男といるあずさと、俺の手のひらに載せられた鍵。

「いい加減にしろ! 年上のおまえがすがるようなことをするな。彼女の夢を邪魔するようなことをするな!」

遥人の言葉が、追い打ちをかける。

「僕も聴いた。驚いたよ。彼女、あんなに弾ける子だったんだな。これから先、もっともっと凄い子になって行くんだろう。今のおまえがあずさちゃんのそばにいて何が出来る? 縁談を断れば、自分の生活だってどうなるか分からない。彼女の足枷になるだけなんじゃないのか?」

違う。俺は――。

「彼女の将来にとって、これがベストの選択だ。おまえにとっても。今会っても、お互い辛くなるだけだ。仕方なくお互いに別れたと、綺麗なままで終わりにしろ」

俺にいつも見せてくれたはにかむような笑顔が、今、俺を見れば、戸惑う顔になるのか。あずさの口に、辛い言葉を言わせることになるのか。

 もう一度窓の向こうを見ると、そこにいたはずのあずさの姿はなかった。そして、手のひらには、あずさに渡した合鍵が残った――。


――雲一つない透き通るような空だというのに。それ以上見ていられなくて、新聞に視線を戻す。思い出せばどうしても胸の痛みを伴う。だから、過去のことは思い出さないようにしていたのに。

騙されたままで別れてやれ、か――。

結局、全然そんなこと出来ていない。

 仕事で付き合いのある人の見舞いに行くところだった。7年ぶりに見たあずさはだいぶ雰囲気が変わっていた。
 あの頃の、どんなに厳しい生活でも未来を夢見ていた明るい姿とは程遠い、疲れた顔をしていた。それも当然だった。あずさと再会して、父親を亡くし母親もまた命の危険に晒されているのだと知った。


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