囚われのシンデレラ【完結】

「同じことしか申し上げることが出来ません。私には妻がおります。私の立場で、他の人まで救うことなどできません」

「なら、言わせてもらう。さっきから君は、結婚していると繰り返すが、縁談が進んでいる中で、親にまで無通告で勝手に結婚した。それは、大の大人のすることか? 公香はずっと君が帰国するのを待っていたんだ。それを、こちらを欺くみたいに結婚したんだろう」

この話の通じない人間相手に、何を言えばいいのか言葉を見つけられなくて頭が痛くなる。
 既に、助けてもらった恩は返している。帰国した後の縁談は、本人を抜きに勝手に持ち上がったもの。そんな風に責められる覚えは一つもない。

「私は未成年ではありませんから、当人同士の同意があれば結婚できます。親であっても、それをないものには出来ません。公香さんにも、直接自分の気持ちを伝えました。公香さんは私の気持ちを分かってくださったと思います」
「現に今も、公香は苦しんでいるんだぞ!」

どれだけ声を荒げられても、心はまったく動かない。

「もし今、公香さんが辛い思いをなさっているのなら、どうか漆原会長が救って差し上げてください。適切な医療を施し、決して公香さんを御社のために利用するような縁談を結ばないであげてください。それが、今取りうる公香さんを救う方法ではないでしょうか?」

漆原会長の顔がみるみる赤くなった。

「病院には既に連れて行った。でも、どれも根本的な解決にはならないんだ。君がそばにいてくれれば、公香は立ち直れるんだよ。公香が苦しんでいる原因が君だからだ」

ただ目を閉じ、その言葉の羅列を聞く。

「公香の君への真摯な想いを聞いてもなお、気持ちは変わらないと? 公香がどうなっても構わないのか?」

俺のために、自分の身を差し出して助けてほしいと懇願したという公香さんの想い――。

冷ややかな笑みが、自分に対して零れる。怖いくらいに何も感じない。

「申し訳ございません。いろんな意味で、私では公香さんを助けることも幸せにすることもできません」

これ以上時間の無駄だ。ソファから腰を上げる。

「――斎藤」

部屋の後ろで控えている遥人を呼ぶ。

「はい」
「この後、急を要する決裁が上がって来ると言っていた、あれはどうなった」

デタラメを口にする。

「……はい。経営企画部長から、できるだけ早くお願いしたいという電話が入っております」
「そうか」

とりあえず遥人も話を合わせてくれたみたいだ。

「大変申し訳ございません。ただいま、進行中のプロジェクトが大詰めでバタバタしておりまして。仕事に戻らせていただいても構わないでしょうか」

そう伝えると、苦虫を嚙み潰したような表情でようやく立ち上がった。

「――お気をつけてお帰りください。公香さんも、どうぞお大事に」

無言のまま入口へと向かっていた漆原会長がこちらへと振り返った。

「恩知らずは、必ずその報いを受ける。公香にもしものことがあれば、その時は君を許さない」

それには言葉を返さず、ただ頭を下げた。

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